Friday, December 29, 2017

Al Ain





世界に何十億人といるというのに、
私たちが、死ぬまでに知り合いになれるひとは、
ほんとにかぎられている。
言葉だけの問題だとはおもえない。
ある日のスケッチをみなおしてみた。
お互いに顔を合わせないように
歩く。
無視する技術を競うかのように。





                                         Art 4 you event in Sheraton Beach hotel Sharjah.
             スリランカ人の、よしたさん。





                                               アラビックアート。すばらしい。





 29日というのに、なぜか、皆さん、クリスマステーマで、絵を描いておられて、日本人の私は、クリスマスの後は、ひたすら新年のムードになるので、
まだ、クリスマスツリーが飾られているのをみても、終わってしまったのになーと
ちょっと、不満。

シャージャは、ドバイの隣の州。
まだまだ、こんなに、砂のところがあちこちに見られる。





昨夜は、真夜中に娘と話す。
イギリスの、テイーンの鬱についてどれくらい知っているかという。
心理学に興味を持つ娘は、学ぶのは、本と教師からだけではないという。
自分の周りで、鬱に苦しむ若い子が数えきれないほどいて、
自然と彼女が話を聞くことになるらしい。

最近の若い子は、チャットといって、
スマホでつながる。

ほら、この子きれいでしょ?
家は、裕福だし、勉強はできるし、何の問題もなさそうでしょ?
鬱で、大変なのよ。

ほら、この子ね、お父さんが、アル中で、暴力ふるって、どっからみても、ひどい家庭環境なのに、めちゃ明るくて、鬱には遠いのよね。

こういう説明がつづき、鬱の原因は、家庭環境ではないと、彼女は分析する。

鬱は、先天的なものだと彼女はおもっている。というのは、私が、鬱になったことがあるからだ。あれは、娘が3歳のころ、ここの保育園みたいなものがあって、そこに通わせていた。一人っ子だから、世間には、いろんな人がいることを知ったほうがいいとおもったからだけど、ずっと、子供がいる生活を3年ほどしてきたあと、突然、子供が日中にいなくなったとき、心の中にぽっかり穴が開いたようになって、おかしくなった時期がある。
今、考えてみると、私を必要としている人がいないという恐怖感だったように思う。
自分がこの世に存在している意味がわからなくなったのだ。
ほんの数週間で、この状態から、
脱したので、あれが、鬱だったのかどうかは、よくわからない。
その状態から脱することができたのは、友達だった。
話をしてみると、多くの人が鬱で苦しんでいることがわかった。みんな口にはしないけれど、いろんなものを抱えているんだとわかったとき、
変な連帯感を感じて、それが救いになったのかもしれないが、いまだ、あれはよくわからない。

精神疾患は、口にしにくい。
これは、2017年になっても、さほどかわりはない。
イギリスのテイーンたちも、さまざまな理由で、泣き、体に傷をつける。
しかし、ほとんどが、表には出てこないという。
長袖を着て、体の傷を隠す若者。

スマホがこれだけ、普及して、
情報が休む間もなく、飛び交う時代。
テクノロジーのおかげで世界中の人たちと近くなったと思うのは、ただの錯覚
だと思う。空想の上に500人いるんだと思い込んだりすることは、怖いこと。
逆に、テクノロジーのおかげで、
人と人とのつながりが
薄く浅くなり、それが引き金になっていないかと思う。

ほとんどの学生たちが、友達と話し、
学校のカウンセラーと話、教師という。テクノロジーがこんなに、あふれていても、結局、彼らを救うのは、人間だという事実に少しほっとしたりした。

待て、この中に親がはいってないではないか。
いじめを受けている子供たちは、親に話したがらないのと似ている。
親はどこまで、彼らの、心のなかを知ることができるのだろう。











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