Sunday, January 21, 2018

Light and shadow




         遠近法を教えているときに家だけ描いた。
         後で、習字に使う墨で、バックをいれてみた。
























              昨日は、用事で、Sheikh Zayed Meseum 。




何年も前に描いたここのマネージャーさんは、まだ、飾ってくれていた。





用事が住んで帰ろうとしたら、2匹の猫が観光客の間を堂々と歩いている。



             人を全く怖がる気配はない。
          おもしろそうなので、ついていってみた。





いったいこの2匹はどこへ向かっているのか、ついていってみたら、
トイレだった。
あんたもひまやねーってかんじで、向うにいるガードマンのおにいさんにみられていた。


ここは、この国を作った、王様ザイード氏の生誕地。
今年は、亡くなったその王様を祝う年らしい。

大変申し訳ないが、これといってみるものがない。
昔昔のここの生活の風景が再現されている。
ミュージアムといっても、絵は、ほんの数枚が飾ってある程度で、
これといってほんとになにもないのだけれど、
すごい数の観光客がくる。
私が行った時も、大型バスでどんどんやってきて、
この町で、一番にぎわっているのではとおもうくらい。
ザイード氏の意思を継いでいるとかで、入場料はない。
アブダビにある、ザイードモスクもただ。
あの、ひっきりなしに観光客が訪れるザイードモスクで、入場料を取れば、ものすごい金額になるだろうと思う。アブダビ州は、太っ腹。


Saturday, January 20, 2018

Indigo blue 2





人を好きになってしまうことに理由などないのではないかとおもう。

言い訳があれば家族にすればいい。
世間に拡声器を使って、人を好きになったいいわけを言う必要性はない。
言い訳などだれも、聞きたくはない。
恋ってそんなもの。
いくつになっても、熱い思いを持っていたいと思わないひとなどいない。
その熱意が仕事に向けられたり、家族に向けられたり、友人にむけられたり、異性にむけられたり、動物に向けられたり、趣味にむけられたりする。
生きているうちに、いろんなものに出会う。
好きな人にであうというのは、その中のひとつで、だれにも止めることができない。



もし、自分の旦那が、50分も延々と、不倫の言い訳を涙を流しながら、しゃべったらどうだろうかと想像してみた。
多分、15分くらいまでは、我慢するかもしれないがあとは、柱にでもしゃべればというだろう。君が妻として役にたたないから、ほかの人を好きになったんだ。君は、料理は下手だし、英語は進歩しないし、愛想はないし、あれもできない、これもできないと、並べ立てるられるより、ごめん、あの人のことが好きになってしまったんだと、手短に言われたほうがどれだけ気持ちいいだろう。

そうかー、そうよねー。私から見たって、素敵だものね、なんて思えるような人に、心を奪われていてほしいと思う。
そんな、ひどいわ、わたしのどこがいけないのよ!!!
なんて、悲劇のヒロインみたいなことを私が、家人に万が一訪ねたときに、(   多分いわないとおもうけれど )、
男は、その質問に答えればいいのであって、きかれてもいないことをペラペラとしゃべるというのは、うどんに七味は、かけないで食べるタイプなのに、勝手に、一緒に行った人に、かけられてしまったようなものなのではないかとおもったりする。

先日偶然にも、男の涙のことを書いた。

幸せの黄色いのハンカチという映画で、高倉健が、警察に連れていかれる電車のなかでの、涙のシーンは、今でも強く心にのこっている。

男は、静かに涙を流す。
そして、多くを語らない。
涙のわけを、言葉で表すほど、雄弁であってはならない。
というか、ほんとのことは、雄弁には語れないのではないだろうか。

妻の病状をしゃべってしまうとき、だれが一体得をして、だれがそうでないのかを、
考えたほうがよかったのではないだろうか。
もし、自分がなりたくもない病気になって、家人が妻はあんなになったもんでと、
世間に言いふらしていたとしたら、それは、許されることではないように思う。
償いなどいらない、ただ、しゃべってほしくなかっただけだというだろう。













Friday, January 19, 2018

Jebel Hafeet





80%以上が外国人のここUAEでは、ほんとにいろんな人が来ていて、
一人の私の友人は、チェチェンからきている。

彼女は、ここのカレッジで、英語の先生.
絵をしばらくやっていたが、
昨日習字を習いたいといってきた。
私でよかったら少しはできるよと、
安請け合いをまたしてしまった。
モスクワにいるときに、
習字教室があったといって、
そのときの写真をみせてくれた。
ほう、モスクワで、習字?
日本政府が派遣した日本語の先生による日本語教室もある。
ここの大学で、日本語を教えていた先生が転勤でいまモスクワで
日本語教室をしている.
日本から見れば、地の果てのような国だけれど、
そんなところで、日本語に興味をもっているひとたちがいるってことだけでもうれしくなる。今年の夏、日本にかえったときは二人の師範の先生に教えてもらって、うん十年前にやっていた習字の感覚を少し取り戻した感じ。
なんでもかんでも、頼まれると、はいはいといってしまうというのは、
いかんと思いつつも、新しい自分の発見かなと、つい、受け入れてしまう。
自分の発見どころか、すっかり傷ついたりして終わるケースも多々あったにも、
かかわらず、あまり、こりてないらしい。





Indigo blue













https://www.facebook.com/greatbigstory/videos/1782681535367605
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藍染は徳島で有名というのはあまり知られていないかもしれない。
絵の具の中に、藍色というのがあって、
これは、日本人には、きわめて馴染みの深い色。
ところで、あの藍色はどこから、来ているのか
知っている人は少ない。
なんと材料はm緑色のバジルみたい中たちをした葉っぱ。



この動画で、その工程をみることができますが、
生地になるまでに、はてしない道のりで、
商品になったものをこれは高いわ、なんてこの動画を見た後言えなくなる。
職人さんたちの手は藍色にそまっている。
職人さんの誇りに満ちた顔。
化学薬品を使わないむかしながらの工程。
こだわりを持った職人さんたち。
だれがなんといおうと、
これだけは、ゆづれないというひとつのものをもったあの取り組みかたをみていると
泣けてきそうになる。

中川家は面白いとか言って、youtube で、たらたら、コントなんかみながら、
たらたらと絵を描いているようではだめだ。













Thursday, January 18, 2018

Blooming






男はなぜ涙を見せないのか?
身近なところでは、
家人の涙は、暗がりで1度だけ。というのは、家族で映画を見にいったとき、
感動のあまり、家族全員泣いてしまったことがある。
もう、10年ほど前の話。
男は、涙を見せるなと言って育てられる。
男は強いものだと思って育てられる。
泣きたいときは、泣いたっていいじゃないかとおもうのだが。

2年前にいたアパートの裏には、アフリカ系の人や、インド系の人たちがたくさん住んでいた。ある夕方、男性の大泣きする声が響き渡った。
多分、母国で悲しい出来事があったのだろう。
だからといって、すぐに帰ることもできないのだろう。
ほとんどが、出稼ぎのひとたちで、
飛行機代が右から左といかないのが、私たち、出稼ぎ組の悲しさなのだ。
彼の泣く声は、あたりじゅうに鳴り響いたけれど、
同情の気持ちだけで、いやな思いはしなかった。
知らない人だし、男性でモスリムで、言葉も通じないとなると、
慰めに行きようもなかったのだけど、生まれてはじめて、
大声で泣き叫ぶ男性との遭遇だった。
大人の男性が泣くのをテレビや映画以外でみたことがなかったからだ。
そうか、男だって泣くんだ。

家人が1度だけ、映画館で泣いたとき、
人間らしいなとおもった。
私は、男が泣くのを女々しいとは思わない。
いつも、男が泣く女を慰める役ばかりでは、フェアではない気がする。
女だって、悲しさに耐えようとしている男を励ます機会があってもよいように思う。

何でこんなことを突然書いたかというと、
30年も前の会社の上司が夢にでてきた。
30年間もあってないし、
今どこで何をしているかもわからない。
どうしてその人が夢にでてきたのかはわからないが、
やたらと、色が白くなっていて、
すごく小さくて、うつむき加減の彼は、
壊れそうに見えた。
涙を我慢しているように見えた横顔を見た途端、夢は醒めた。

アルアインは、今午後3時で、22度です。














Tuesday, January 16, 2018

Al Ain Oasis





Al Ain Oasis は、デイツの木が森のように、なっていて、最近世界遺産に認定されたとこ
ろ。塀で囲まれていて、ゲイトを通らないと入れない。
昨日はそこに、用事のついでに、寄ってみた。
スケッチブックはいつももっている。
この町に18年、もちろんここも何回もきたことがある。
真面目な入口のおにいさんは、私が、わざわざ日本から来たとおもって、
念入りに説明してくれる。
ここから、歩いて博物館には、25分ですとか、この辺にあれがありますとか。
ここに18年もいるから、あなたより、わたしのほうが知識があるとおもうとは、
言えなくて、ほー、なるほど、すごいですね、を中川家のコント見たいにやっていた。
知っていても、知らないふりをするというのは、
ある意味での、やさしさだと学んだから。


1997年に日本を出たので、
浦島太郎のようになっているのは、わかっているのだけれど、
こんな面白いひとたちを、20年も知らなかったというのは、
ホントに、残念なこと。
上方漫才新人賞を、1995年に彼らはもらっているので、
わたしはそのとき、まだ、日本にいたわけだから、
知っていておかしくないが、
テレビをあまり見ていなかったというのもあって、
見過ごしたのだろう。中川家。
面白い。とにかく面白い。

先週、中川家の動画を偶然みつけて以来、大ファンになった。
もう、すっかりはまってしまって、何度も何度もみてしまう。
この、いまのテクノロジーに感謝するのは、とくに、
外国に住んでいたりして、
母国のことを知りたかったりする人を
どれだけ助けているかわからない。

中川家の小さいおにいちゃんは、かわいいし、
大阪の典型的なおばさんの真似をする弟のほうも大好き。
生で、ステージをみてみたいなー。
東京03は、面白いけど、家にはほしくないタイプ、でも、
中川家は、こんな人が家にいたらいいなーって思う。
毎日笑いが絶えなさそう。
彼らのいいところは、やはり誰かを、傷つけて笑いをとるタイプではないからだろうと思う。Ellen Degeneresに通じるものがある。彼女はほんとに、ジョークがうまいが、誰かを、中傷しての、笑いではない。オスカーの司会をしているとき最前列にいる有名な女優に大学を出たのかという質問をした。話の流れはよくわからないけれど、その女優は、いいえ、カレッジにはいってないわという。恥をかかせてしまったと思ったエレンは、
そうなの。でも、あなた、今回オスカーに2つも候補に挙がっているわよね。ひとつはいいとして、二つなんて、そういうのをなんていうかしってる?
”わがまま”っていうのよ。
会場大爆笑。
彼女はどんなことがあっても、人をいい気持にさせるジョークのセンスをもっていて、ほんとに、うらやましい。

この年になってよくわかる。
笑ってなんぼ。
中川家、ドバイに巡業でこないかな?

  














Monday, January 15, 2018

In quiet morning





この絵の下には、子どもの顔を描いたものが隠れている。
アクリルは、何度も何度も、塗りなおすことができるので、また、ちがったおもしろさがある。だから、失敗!と言って、キャンバスを捨てることはほとんどない。
色を重ねて何度も楽しむ。
昨夜は、緑色でキャンバスをぬったあと、人の顔が描けるのか、実験をしてみた。
緑ではじめたのは、ようは、チューブから出しすぎたというだけだったけれど。
緑の上に肌の色を重ねてみた。







昨日会ったロージーさんも絵が大好き。イギリスから来た彼女とは、
いろいろとうまがあう。
日本人って、アジアの中でも独特よねというので、
どの辺がというと、うーーん、といって
実は、、、と、話を始めようとした途端、ほかの人に邪魔されて、l;
聴けずじまいになった。彼女が何を言いたかったのかは不明のまま。

日本人は、本音と建て前を使って、世界一争いごとを避ける国民だということを書いてある本を持っていることを思い出して久しぶりに開けてみた。
数年前に買った本でつんどくになっていた。

題名、日本らしさを、英語にできますか?
松本道弘、ボイエ デ メンテ著

2.本音と建て前
日本の伝統的文化は、人々の態度や行動を極端なまでに制限し、抑制してきた絹織物のようなものであった。あらゆる生活面におけるエチケットは、こまごまと型どられ、因襲化されているので、日本人が他国の人たちとちがっていることは一目瞭然であった。
  日本人の生活は、日本的なハーモニーというべき和の要求により、また私欲なく他人の気ままを許す甘えの哲学を全うする必要性により、さらに複雑化された。
 そしてこの2重の文化的影響は、すべての正常な状況に置いて、率直で、ぶっきらぼうで、土足で踏み込んでくるような行為がタブーとされる社会を作り上げたのだ。

Japan's transitional culture was like a silken web that limited and controlled the attitudes and behavior of the people to an extraordinary degree. Etiquette, in all areas of live,was minutely defined and was so highly stylized that it distinguished the Japanese from most other people.
  The lives of the Japanese were further complicated by the demands of wa, or Japanese style harmony,and the need to fulfill the philosophy of amae, the absolute unselfish indulgence of others, ---dual cultural influences that resulted in a society in which frankness, bluntness and direct, aggressive behavior in all normal circumstances were taboo.





私欲なく、他人の気ままを許す甘えの哲学を全うする、、、、?
アメリカ人にはそういう風に見えているのかと驚く。
私欲がない国民?私欲がない人などいるわけがない。
インパルスのコントで、ももたろうというのがある。
犬がもらったきびだんごと、きじがもらったきびだんごのおおきさがちがうので、
争いになってしまうというもの。いや、これは、ちょっとちがうかな。

日本人はみんなマザーテレサみたいに思われているらしい。

東北大震災のときの映像は、世界をおどろかせた。
あんな大変なときでさえ、人々は、パニックにならず、整然とならんで、水の配給をうけ、食料を待つ。強奪などは耳にすることがなかった。
私欲がない国民と思われるのはああいうところからだろう。
日本には、ほとんど日本人しかいないため、和を乱せば、はじき出される。
ここ、UAEでは、80%以上が外国人。
そういう状況にもかかわらず、いたって静かな毎日が送れるのは
奇跡としかいいようがない。





今朝は、コメデイアンHasan Minhajをききながら、
水彩で、雪景色の描き方を練習することになっている。

ではまた。
よい1日を。





Sunday, January 14, 2018

A dream of indigo







小学生のアクリルのクラスを始めることになったのだが、
ふつうにキャンバスに描かせるのではつまらないなーと、いつもおもっていた。
絵を描いて、壁に飾っても、いったい何度それを見るだろう。
ほとんどみないんじゃないか。
じゃー、自分の描いた絵を毎日見る方法!!!
ご飯を食べるときに、必ず見る自分の絵。
これだ!!!
ということで、プレイスマットにしてしまえばいい!!
さえてる。さえてる。
サンプルを作ってみた。
その辺でひろってきたようなボードに描いた絵にニスをぬる。
テーブル周りで最も大切なものがなにかをわたしはしっている。
それは、熱にたえられるかどうか。

家人のイギリスの家に結婚したころに行ったとき、
私は、コーヒーが入ったカップを至るところに、おいて話こんでしまって、
よく、家人の妹におこられた。
カップのマークがつくからそこにおかないで。
それが、1か所や2か所だったら、まーよいとしよう。
どこへ置いても、怒られた。
1か所オーケーが出たのは、リビングにあるストーブの石の上だった。
どこにでも、あついコーヒーカップをおくような
だらしない私にも、反省点があるとはいえ、
日本で、コーヒーカップを置けないテーブルとか
カップボードとかもったことがないので、
実のところ、え?
なんで?
と、正直おもったことがあったが、
あれは、結局、家具に使われている、
塗料と、ニスが熱に対応しないことになっているからだというのが後でわかった。






ということで、熱湯を入れたコーヒーカップを5分ほど放置したら、
案の定、カップのマークがついてしまった。



写真ではよく見えないが、一番多き白い花の上部のニスが解けている。
熱対応のできるニスが存在しないかぎり、
わたしの、オリジナルプレイスマットづくり!!!
のクラスは、はじめられない。


今朝は、17度。


では、また明日。
よい1日を。