Wednesday, June 28, 2017

In a small beach




48回目の命日まで、あと、1ヶ月。
7月27日。



アジサイの花をもって、
お墓参りにいった。
48年前のこと。

3本のアジサイを、家の庭から切ってもっていった。
まだ、子供だったので、
小さな小さなお墓だった。


一人で、墓地にいくなぞ、
今考えると、
勇気があったと思う。

楽しい海水浴で、1日が終わるはずだった。
子供たちは20人ほどいた。
あの渦にまきこまれて、命を落とす可能性は、
だれにでもあった。
わたしだったかもしれなかった。

もう、あれから、半世紀がたとうとしているけれど、
ずっと、7月の27日は、
特別な日。

私が、いままで、味わった、楽しいことも、楽しくないことも、
彼は、体験することができなかった。
生き残った私たちは、そういう無念の人たちの人生の上に
支えられているだけであって、
私たちが、すごくがんばったから
今があるのだというのは、勘違いではないかと思うときがある。

なぜ、生きていかなければならないのかという
答えがいつも、この、1年に1度、7月27日にやってくる。

ずっと、ずっと、
あの海を見られなかった。
去年の夏、47年ぶりにあの海にいった。
あのとき、巨大に見えた浜は、
拍子抜けするほどに、小さかった。
彼の命を飲み込んだあの浜と、同じところだとは思えなかった。
16才の娘とその浜を歩いた。
47年まえに、同級生が命を落とした海だということを
どうしても、言えなかった。
安っぽくなりそうだったから。
どれだけの、言葉をつくしても
あのときの状態を、説明できるとはおもわなかったから。
どれだけの言葉をつくしても、
いかにしあわせかを語れないように、
どれだけの、悲しみだったなどということも
言葉で、表すことはできない。
自分が親になって、初めてそのことに気づく。




48th's anniversary of a boy called T is coming on 27th of July.
I went to his grave with 3 hydrangeas 48 years ago by myself.
It was  a tiny grave.
About 20 kids with some adults went for a swim the day.
He was trapped a whirlpool.
Nobody could have helped him unfortunately.
There was a huge possibility to trap it anybody then.
It might have been me as well.

It pass about 48 years. 
It is a memorial day on 27th of July.





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