Monday, October 17, 2016

October 2


Al Ain Municipality Theater ,
20 paintings are displayed  until 4th of  November.






George おじさん、なんだか、
マネージャーのようになってきている。
私の、名刺をみて、
アラビア語で書かれてないからと、だめだし。

これつくるのに、
いくら払ったときくので、
これこれといったら、
まったく、
そんな無駄なお金使ってと、おこられた。

この町に48年も住んでいる彼は、
あっちもこっちも、
顔がきく。

明日は、
アラビア語いりの、
名刺を作ることになった。

私は、ここに、16年もいるのに、
気づいてないことが多すぎる。











読めないので、
なめる。

Haruki Murakami

1Q84 is a novel by Haruki Murakami, first published in three volumes in Japan in 2009–10. The novel quickly became a sensation, with its first printing selling out the day it was released, and reaching sales of one million within a month.Wikipedia

Hi Mr Murad, thank you for letting me try this book, but I can't believe this thickness.
1,317pages.
I hope I can finish one day.

There is no his name, "Haruki" in the cover.

Only MURAKAMI.






昔の自分の絵を見ると、結構笑える。

こんなん描いてた。

これも、昔むかしの。





きょうは、

Municipality Theaterの廊下のあたりに、20点ほど、絵を飾っているので、

そこに10時から、12時半までいて、子供をあいてに、なんかすることになっている。

なんか面白い人に会えそうでわくわくする。


では、よい1日を。








29/10/2016

I suddenly invited 3 people for Sushi dinner last night.
Especially one of the guest, Ms G wanted to learn how to make Sushi for his daughter who loves Sushi
I showed all ingredients.

Carrot,
Cucumber,
egg role,
Smoke salmon,
lettuce
avocado,
Ham,
Tuna mayonnaise,
spring onion,
fish egg(bottle),
herrings (bottle)
roast egg plant

seaweed, nori
rice
say source
wasabi


I do every time same things again  and again, 
So I want to create new ingredients for Sushi.
but it is not easy.
because raw fish is not available in this town, which we can use for sushi.
So we have to use lots of vegetables.

But all the time guests are very happy to try hand made sushi by themselves.

Everybody ask me to make Sushi,
so I am trying my best to 
behave as a representative of Japanese,
but These days, I feel like I should start Sushi business seriously.

From now I am going to meet Mr M Who will help me about Circle of Love project.

I am sure he must have great ideas to let the project move forward.









]

I met a powerful lady who owns an real estate company in Dubai.


I am totally fascinated by her.
She works as a business consultant as well.
I painted a card to her.





George おじさん。おじさんといっても、わたしとあまり年はかわらない。



彼の娘さんの本が,Kinokuniya Dobai MALLと、となりの  Virgin mega storeで発売中。

父親の喜ぶ顔っていうのは、よいものね。


UAEに住む外国人から見たUAE.なかなかの本です。




これは、昨日のレッスンでのデモ。未完成です。どうやっておわろうかと、考えてるところ。






人との出会いっておもしろいもの。

上にのせたGeorgeおじさんと、ドバイモールで朝の10時にお茶を飲んでいる。

こんな展開になるなんて、2ヶ月前には想像もしなかった。

すごい大金持ちのおじさんで、私は愛人のようにみえなくもない。

彼は、ドバイは、大嫌いで、2年ほど、きたことはない。

ドライバーをやとっているといった、私の出費を減らすために、

大嫌いなドバイへのドライバーをかってでてくれた。あったかい、パンを朝ごはんに買っ

てきてくれて、クーラーボックスには、飲み物も用意してきた。

ありがたいので、ハグでもしてやりたいが、やめといた。

何でここで、二人がお茶を飲んでいるかというと、

シンガポール人で、不動産業を女一人でやっているという、Noorさんを会うため。

彼女は、George おじさんの知り合いだったので、紹介してもらうことになった。

子ども3人をかかえ、一人で、ドバイで生きる女性。

わたしにはできない。

そう思ったとき、絶対会わねばとおもった。

素敵なひとだった。

娘さんの一人がアートがすきといって、作品をみせてくれた。

なんだか、アートつながり。

最近、彼女は、日本人の女性に、アパート売った。

なんと、その人は、ドバイで、ギャラリーを始めるらしい。

また、アートつながりができた。

あわせてほしいとたのんだ。

残念ながら、アパートはまだ完成していないので

ドバイにはまだ来ていないとか。

いつかは、ぜひ会いたい。



今度の日曜に、10点ほどわたしの絵をコンサート会場の入り口に飾りたいとの依頼があっ

た。カザフスタン人の、彼女は、突然いろんなことを頼んでくる。頼まれると、あー彼女

はわたしが、できるかどうか試しているなとすぐわかる。あなたね、マナーがないよ、マ

ナーがと、彼女に言ったことがある。そしたら、あんたもやでといわれた。

腹が立つので、彼女がなにかわたしに頼んだときは、絶対間に合わせるときめている。

先日、朝の6時までに、メールを流すとわたしがいったのに、3分おくれた。




準備までに、3日しかない。それも、金曜は、ここは、週末で、フレームやさんも、

もちろん休み。

そのことを、Georgeおじさんにいうと、まかしとき、俺が行けば、絶対できるし、安くあ

げさせるという。


ということで、夜の8時に、この不倫関係のようなふたりは、

郵便局の暗い駐車場で待ち合わせ。

この近くに、あたらしいフレームやさんがあるかもと、彼がいうので、ついていった。

なんだか、暗い横丁にはいっていく。

わたしは、ちょっとためらった。

まるで、ラブホテルに、向かう不倫関係みたいな、映画のシーンではないの。

還暦むかえようとしているのに、かわいこぶってもしょうがないとはいえ、勇気がいる。

ちなみに、この国に、ラブホテルはない。

そこには、小さなエレベーターがあった。

おじさんは、店は2階やという。

エレベーターは、私たちといっしょにのった長身の30代くらいのおにいさんがいたがべつ

に気にもとめなった。

わたしが、そのGeorgeおじさんと、エレベーターをおりるとき、

その若い彼が、あんた、みどりやないの?

という。

は?あんたなんで、わたしのことしってるわけ?

なんと、10年前に、わたしたちは、いっしょにニュージーランド人のマリオンって人の家

で絵を一緒に描いていたことがあった。

あまりの偶然の再会に、お互いに、ギャーギャー喜び、何度もハイファイブ。

私のことを探していたという。絵を習いたいらしい。

彼はなんと、そのビルの上にすんでいて、家まで招かれてしまった。そのチュニジア人の

ムラッドさんは,英語の先生。ここでは、フランス語で、教える学校はないので、こどもの

ために家族は、

チュニジアにかえり、いまは、一人暮らし。

家のなかには、彼が描いた絵がたくさん飾ってあった。

そこで、わたしがMuradさんに、提案。

あなたに、私が、絵を教えるけど、

お金をわたしに払うかわりに、してほしいことがあると。

彼は、喜んで、なんでもいいよ、やるやるという。

チュニジア人の国民性を知らない。

国がどのへんにあるかもさだかではないので、今から、調べる。

あのエレベーターの前で、3秒ずれていれば、Muradさんには、会わなかった。

これが運命というものなのだろうとおもう。

これから、私は、彼との付き合いが長くなるような気がする。

明日へ、つづく。





27/10/2016

今日も、またドバイ!
ようは、George おじさんの、勘違いによって、
1週間まちがえていた。
わたしはドバイから、かえって来てアーやれやれと思って、2時間後、
明日、ドバイで、れいの人に会うで、という。

なに、いうてるの、おじさん、それ、来週やんか。


来週は俺は、マスカットにいく。
ホテル予約してしまってる。

わたし、絵を10点用意しないとだめで、
めちゃいそがしいし、
夕方、
レッスンはいっているから、
ドバイは、いかれへんよ

となんどいっても、
人の話はきいていない。

 Geroge おじさんが運転するということと、
朝ごはんもっていくで、というので
ジャー行くわってことになり、
あと、1時間で、出発。

なんか最近、自分の力の及ばないことが起こっている気がする。







 アルアイン-ドバイロード。




高層ビルがみえてきました。


Ras Al  Khor Wildlife Sanctuary in Dubai



今日の、戦いの前にフラミンゴと深呼吸。


フラミンゴなんて、30秒もみたらあきるらしい。
ひたすら、
すまほで、ゲームをする男の子。

お母さんも何もいわない。

何で、鳥って、頭を水の中に入れるのに、頭ぬれないかしってる?

とか、何で、足がピンクなんか知ってる?
 とか、子どもに考えさせるってことすればいいのにとおもう。

わたしは、もう、半世紀以上も生きているからいいとして、

これからを背負う、

子どもたちが

こんなに機械中毒になってよいのか。




ドバイモールには、

アイスリンクがある。

いまは、

Mid term  holiday

のせいか、

平日というのに、

優雅にスケートの練習をする男の子をみつけた。

完璧なスタイル。

完璧な顔立ち。

体のすみからすみまで、

エレガントムード。

人間ほんと、アンフェアに生まれるものがとおもわさえる。


 紀伊国屋さんに行くところ。
ここに、
もうすぐ、9回目?の
クリスマスツリーが
飾られる。

きのカフェからのながめ。

Dubai mall のextension は、
今年で、完成するらしい。
この工事のために塀で、
カフェから、
噴水はみえない。
この拡張工事の右手に世界で一番高いビル
Burji Khalifaがみえて、
噴水がみえて。

このカフェは、私のだいのおきにいりだった。
どれだけ、

食べものがたいしたことなくても、
どれだけ、スタッフが不幸せそうでも、
どれだけ、
サービスがとろくても、
ここがすきだった。

なんでかというと、
やはり、
ローケーションがいい。

それも、紀伊国屋さんのなか。

本は読まなくても、
あの本の中に
囲まれているだけで、

読んだような錯覚に陥るところがいい。



お邪魔しましたあるドバイのオフィスからのながめ。

どうころんでも、
わたしが、ここで
生きていけるとはおもわない。

田舎のねずみ、
都会のねずみっていう、
子どもの本をおもいだした。





 Good night Dubai.



帰宅後すぐにすることは、
礼状のはがき書き。

まだ、記憶が新鮮なうちに描く。


いちおう、
わたしの、名刺には、artist
って 描いてあるので、
それらしいはがきを。



きのうは、ほんとに、すてきな
3人の日本人の方々に会いました。

絵描きがビジネスマンには、なれないのは百も承知。
でも、おとうさんのように、
やさしく、あーだこーだと
教えていただいて、
ほんとに、
感謝。

この出会いを忘れないようにしたい。



26/10/2016

今から、ドバイ。
今日は、ドライバーさんがつかまったので、安心。
とはいえ、
あのアルアインードバイのハイウエイで無事にかえれるという保障は100%ない。

なので、出発前に、
ポストしておこうとおもう。

City Vet Al Ain の
ドクターの許可がおりたので、
facebookにも

この写真と、vetの名前をいれることができた。

最近、まったく英語にしてないので、すみません。

Recently I am not typing in English at all, I know I have to do but I am really busy to concentrate.
Sorry friends.

まるで、遺言のようなポストになるかもしれないけれど、

わたしは、いつも、そういうつもりで、ポストしているのかもしれないと思う。

2007年の夏。

小さな子供をのこして、

32歳の若さで、友人はかえらぬひととなった。

あんなに元気にビーチを子どもたちと

走りまわっていたのにと、思いだすと、

泣いても泣いても

足りなかった。

酸素の管で命をつないでいたけれど、

それは望まないだろうと、

ご主人は、そっと

その管をはずしたという。

わたしが、絵を描き始めたのはその後だった。

なにかしなければ、

明日なんて、

なんの保障もないではないか。

でも、何で絵だったのかわからない。

あれから、10年がたとうとしている。

いつかは、

ハンガリーの彼女のお墓にいきたいとおもっている。

最初に彼女に電話してからね。

もう、星になって、10年というのに、

まだ、私の電話には、彼女の

電話番号が残ったままになっている。





Add caption

 25/10/2016

人の名前

昨日、私は、洗車の契約をした、おにいさんのなまえをきいていなくて、なんてやつだと

われながらおもったので、これからは、めぐり合った人に、必ず名前をきくことにしよう

ときめた。

昨日は思うことあって、ドバイ。

まず、目的のカフェのオーナーに会うために、そのカフェのウエイターにオーナーはど

ことたずねてみた。だめもと。

900円もするわりには、まったくもってまずいお茶に文句もいわず、飲んだごほうびか、オ

ーナーは、アブダビだけど、マネージャーは、ちかくの日本食レストランもかけもちして

いてそこにいるよとあっさりマネージャーの電話番号までくれた。

そのウエイターの名前をきく。Jomarと、もうひとりは  Franklin

胸に名札がないので、たずねなければならない。

彼は、不思議そうに、何で、名前をきくんだという。

彼らは、名前をきかれたことがないらしい。

マネージャーからは、二つ返事でオーケーをもらい午後に会えることになった。



マネージャーへの、手土産がいるな。この辺がすごい日本人。

Bateel の超豪華なデイツのもりあわせ。店で一番、小さい箱をえらんでも、とん

でもない値段。よく考えたら人にはやるけど、自分で食べる機会はない。

お金を払うとき、お姉さんの名前を聞く。Sheryl.

後ろにいた、二人のスタッフも、彼女自身もすごくびっくりして、このおばちゃん何者?

って顔で私を見る。ここでも、名前をきかれることはないらしい。

おばちゃんになると、羞恥心はなくなる。



自分の車はモールの駐車場に置いたまま、タクシーでいくことにした。

タクシーのドライバーに、ビルの名前を言うと、知らない。あーだこーだのうちに、

わからないから、降りてくれと、冷たいいいかた。

仕方なく、降りて、マネージャーに電話をかけるもでない。彼のいるレストランの電話は

中。刻々と、アポの時間はくる。わたしのスマホには、ネットがないので、

自分で調べることはできない。そこで、タクシー乗り場の喫煙所で、休憩中のお兄さんに

ネット持ってる?っていうと、幸運なことに、もってるという。悪いけど、

このちかくなんやけど、このビル調べてくれる?

ほんとに近い。

で、彼のスクリーンに出ている地図を、私の、スマホのカメラで写真をとる。

彼にも、名前をきいた。Ahmed.彼の名刺には、Rolexで働いているとかいてある。

だから、すごい3つぞろいを着ていて、ちょっと、やくざっぽいかんじ。わたしに、息子が

いたら、こんなかんじかなとかおもいながら、なんども、ありがとうっていってタクシー

のりこむ。

ドバイは日々かわるので、地図がおいつかない。

わたしのいくさきは、広い灰色のなかにただの赤い点。ストリートのなまえは、

もうしわけなさそうに書いてあるけど、わたしには、さっぱりわからん。

なんと、はしりはじめて、1分でおろされた。

こんなんやったら、歩けたのにー。

まったく無駄なお金。

で、降りても、レストランはない。

ホテルみたいなのがあって、バラクオバマさんのようなドアマンのお兄さんが、一緒にし

らく歩いておしえてくれた。すごくやさしかった。しかし、残念名前を聞くのを忘れた。 




 やっと、日本食レストランに到着。

マネージャーと、2時間も話こむ。

日本に行ったとき、英語がまったくしゃべれないひとたちが、いっしょにあるいてくれて、そこま

で、連れて行ってくれたあり、タクシーを止めて、運転手さんに説明してくれたりしたと、彼は、

日本にいったときのことを、踊らんばかりに、うれしそうにしゃべる。そういうい思い出のせいか、

かなり、日本人びいき。

わたしが、あまりにも、ビジネスのことを知らないので、途中から、講習が始まる始末。

彼はマネージャー暦20年。

私は、ただ絵を10年ほど、描いていただけなので、
 
レストランの運営方法なんぞがわかるわけはない。

でも、前向きで明るくて、体の温度の高いひとだった。

デイツのお土産を、わたしたら、そういうものをもってくるひとがいないらしく、

口では言い表せないほど、喜んだ。

デイツは、講習代ってところか。

あたらしいかにのメニューの味見までさせてもらったのは、幸運だった。





昼すぎに、そのモールのトイレで歯磨きをしていたら、トイレのクリーナーのおねえさんが、やっ

てきて、歯磨きは、許されてないという。そのMwanamkasi ワナマカスというお姉さんと、ま

た、話こんでしまった。歯磨きが許されてないトイレ。そんなばかなと思いつつも、

世の中、いろんなところがあるのねー。と、受け入れるしかしょうがない。


ここに16年もいるけど、自分にかかわったひとの、名前をきいたことがなかった。

きかれたほうは、いったい何のために名前をきくのかと、おどろく。

人の名前を覚えることが、ボケにいいってきいたからとかいうと、みんな苦笑いする。

みんなその職務をまっとうするあまり、人と人とのむすびつきがなさすぎないかとおもう。

大きなshopping mallとかにいくと、わんさか人がいる。

でも、私の知っている人はだれひとりとしていないし、

わたしを知っているひともだれひとりとしていない。

この虚無感はなんだろう。












24・10・2016

Burji Arab

つい、先日生徒のひとりが、Burji Khalifaを描きたいという。
世界一高いビル。
描いてみたけど、どうも、いまひとつ。
正直にそういうと、
Burji Arabにするという。
で、一緒に描いてみた。
てっぺんから突き出した
ポールの部分が解けかけている。

これは、暑さによるもの。
ということにしよう。

次回に期待。






毎日のおきまり、その1.自殺を考える彼女を説得。





この巨大アパートで、働くお兄さんたちを、ひっそり、バルコニーから、
スケッチし、


セロリの再生に手をあわせる。
うちの、神棚みたいなもの。


夕方にあるレッスンの準備。今日は、突然、今から、ドバイにいくので、
昔の絵を引っ張り出して、これを使うことにしよう。



花は描きたくないとかいわれたこまるので、景色を1枚用意。
これは、地獄の川のようになっているので、今から、手直し。間に合うか。




お決まりその2、また、自殺願望ネコへの説得。


白い花をもらっていたので、描いてみた。
ちょっと、日本画っぽい。
gouahceでボードに描いてみた。




満面の笑み

ここのアパートには、掃除をするお兄さんたちが雇われている。

仕事が終わって、遊ぶ時間があったら、働いてお金をもうけたいという彼らはおもってい

る。

仕事が上がってから、アパートの住人の車を、洗う。

これが彼のもうひとつの収入源となる。

昨日、1回いくらで洗ってくれるのかときくと、月に3,000円で、10回洗うという。

1300円。手でみがくわけで、砂に覆われた車を手で洗えば、傷がつくといって、嫌がる

人がいるけれど、私の車は、もう14歳。いまさら、傷がつく、というしろものでもない。

後ろから、いままで3回も追突されて、かなり、ぼろぼろ。で、洗車をたのむことにし

た。

そのクリーナーさんって呼ばれる彼は、満面の笑みで、やりますという。

じゃー前金ではらっておきますというと、いや、1ヶ月仕事をしてからでいいという。

そんなことはできない、最初に払います。いや、いいですの押し問答になった。

彼らは、必死で家族に送金する。

調べたところによると、パキスタン人だけは、送金手数料がただらしい。手数料は、政府

が払っている。満面の笑みの彼は、たぶん、バングラデシュ人だと思う。だから、送金の

際の政府のサポートはない。1万円送るのに、450円の手数料が取られる。この、手数料を

なんとかしてあげられないものかとおもう。

大きな企業が力を出し合えば、助けてあげられるのにとおもう。

私にその力がないのがくやしい。

交渉中の彼の満面の笑みとベストを尽くしますと彼がいったとき、こみあげるものがあった。最近、年のせいか、涙もろい。


素敵だった瞬間だったなと夜になっておもいだした。

しかし、なんてことはない、私は、偽善者だと気づいた。

なんと、私は、彼の名前をきいていなかった。名前をきかないなんて、彼を一人の、人間

として、認めていないではないか。









23/10/2016

絵を毎日描いていると、それなりにうまくなる。

明暗を見極める目ができてくるし、ドローイングが狂っているのもわかってくる。

そこそこうまくなってくると、生徒ができてくる。この田舎町だけの話だけど。

生徒ができてくると、自動的にお金がはいってくる。

個人営業だから、搾取もなく、日々、たんたんと過ぎていく。
 
しかし、これでいいのかと、実はおもっていた。

技術を売る。

その技術をマスターするために、

時間とお金と、エネルギーを使ったのだから、お金をもらうのはあたりまえなわけだけ

ど、どうしても、何かたりないなと感じていた。

でも、なにがたりないのかずっとずっとわからなかった。

きょう、それがわかった。

一人の生徒のお嬢さんは、ふつうのおじょうさんとはちがう。

名家のお嬢で、お金の心配など死ぬまですることはない。

今日は、しみじみ彼女は告白した。

わたしね、いやなことがあるとね、絵を描くのとお嬢は言う。

ほかのひとは、おしゃべりして、時間を費やすけど、私ね、絵を描くの。

すごくリラックスできる。いやなことがあると、静かに、絵の中にたくすの。

1年前は、描きたいけど、描き方がわからなかった。

でも、あなたに教えてもらって、すこしできるようになって、すごくいい気分という。お

しゃべりに時間を費やしていたって、何も生み出さない。でも、絵を描くたびにそこに何

か残っていって、1枚1枚見るたびに自分があのころ、なぜ、悲しい思いをしていたとか、

何に憤りを覚えていたかを思い出すという。

このとき、あー生きてよかった。あー絵をやっていてよかったとおもった。

わたしは、あのお嬢さんの人生の1ページに参加している。

ちょっとだけど、だれかの役に立っていると気づいた。






21/10/2016

Kanta Harusaki artist

彼のブログを読むたびに変だと思っていた。
何でこんなに素敵な作品をつくりだしているのに、
いつも、自信のなさそうな文章がくっついているのだろうと。

夫婦で画家。

お互いに、切磋琢磨する姿勢は、
ほほえましい。

私が、まだ、絵の描きかたがわからなかったころ、

春崎氏のレッスンを受けたことがある。



彼は、ほんの5色くらししか絵の具をつかわない。

経済的な画家なのだ。

たったあれだけの絵の具の色で、

ああいうものを描くということへの感動もだけれど、わたしとしては、

あんなにたくさんの絵の具の色が売られているのに、

よく誘惑に負けないなということ。

どうして、もっと自信を持った文章を書かないのだろうと、何年も何年もおもっていた。

それが、今となってやっとわかった。

彼は、人と競争していないのだとおもう。

ほかの人がどんな作品を作ろうと、あまり、彼には関係ない。のだと思う。推測ですが。

ほかの人が、どう思おうと、

自分は、満足いってないんだということを、

素直に言ってしまうのは、

逆になかなかいえないこと。

だから、逆に人に好感をもたれる。

雲の上の人、見たいな絵を描くのに、

普通は、雲の下のものです。みたいなところがある。

ブログに自分の絵をほらほらみたいに載せる、恥知らずな私とは、格が違うのだ。


Kanta Harusaki and Yoko Harusaki's book.

It is fantastic book of watercolour paintings.













 20/10/2016


ガラスを食べる

ダイニングテーブルの窓側に、梅干のはいった大きなガラスボトルを置いていた。

朝日をあびて、ボトルはきらきらときれいだった。

先月、そのボトルのぎりぎりのところを通過するカーテンを開けているときに、
カーテンにひっかかって、ボトルは、タイルの床に落ちて、粉々になった。

梅干は、見事にガラスの破片におおわれてしまった。
なんでやねん?――――――(私、大阪18年住みましたので。)
梅干の側になれば、そんなかんじ。

気持ちよく寝てるところに、いきなり、水ぶっかけられたかんじ?

水だったらよかったけど、ガラス。

腰の曲がった母が、お手製の梅干を丁寧に丁寧に、わたしが日本を今年の夏に、出発するときにいれてくれたもの。

捨てるわけには行かず、1個1個ガラスをとりのぞいた。

破片というより、もう、ガラスは粉のようになっているところがあって、かなり、時間がかかった。ここには、梅干は売ってないので、捨てて、さー、また、新しいのを買いましょうというわけにはいかない。

梅干がガラスのつぶつぶに、まみれているのは、変にきれいだったけど。

きらきら輝いて、ほーガラスってこんなになって割れるんだーと、感心したり。

きれいにとりのぞき、大きな弁当箱にいれた。

朝は、永谷園のおちゃづけ。
あー、これじゃなきゃー。
パンにベーコンなんて、だめだめ。

きのう、お茶漬けと梅干の朝ごはんをしていたら、口のなかで、じゃりじゃりいう。
ガラスの破片にまみれていたことをすっかり忘れていたので、何で、じゃりじゃり感があるのかわからなかった
ガラスが残っていた。

私は、ガラスを食べていたのだ。よく、サーカスで、ガラス食べ男がでてくる。あんなもん食べて、よく死なないなと思うけど、人間の体は、よくできているらしい。ガラスを食べたくらいでは、死なないらしい。



人間は、そんなに弱くない。

きょうも、がんばろう。







                                                                         19/10/2016

I have Facebook account and another account is called Art Summer.
I put my student's paintings into it after lessons as a memory.
Whenever I post, the word."Boost" comes up.
It means if I pay $5, the post is supposed to be exposed to lots of people.
I never click the "Boost'' because I didn't want to pay any money.
But last night, I was quite happy mood, so I clicked "Boost"and pay $5. The money was withdrawn by my visa card automatically.
I didn't expect anything and completely I forgot what I did.

But I remembered  it this morning.
.The painting was seen by 2,896 people.
Amazing. Sharmma's first pomegranate with watercolour was seen almost 3,000 people.
Wow that is a lot!!!
Normally, every painting reached to around 200 people, and some are very low number unfortunately.
I've realized the power of $5.









18・10・2016

complete.
Paint we can't see,not paint we can see.
見えるものを描かない、見えないものを描く。
これが私は、大好きだ。
 process 1


 process 2


生まれてはじめて、白髪を隠すための髪染めをした。濃い茶色なので、白髪は見事に隠れた。

白髪がぼさぼさ出始めたころは、染めるなんてそんないんちきくさいことは、わたしは絶対しない!
ときめていたのに、
やはり、鏡の前にたつと、年とったいかにも貧乏そうなおばさんにしかみえない。
母は、いつも染めていた。80歳をすぎても、黒い髪なんておかしくないかい?とおもっていたけど、わかるような気がしてきた。

このフィリピン人のお姉さん方数人が働くヘアサロンは、私が、もう、10年以上もかよっているところ。理由は、ここがすごくいいわけではなくて、1度行き始めると、まるで、ひよこが生まれてはじめてみたものを母親と思い込むかのように、ヘアーサロンはここしかないと思っているところがあるだけのこと、、、といっては失礼か。

 いつもの、おねえさんは、休暇で、フィリピンに帰国中とかで、違うお姉さんがやってくれることになった。おねえさんが、やってくれているときに、そこの長老ライラがきた。

このおばさんは、超行儀が悪い。おばさんといっても、わたしもおばさんなわけで、もしかしたら、私のほうが、年上ってこともありうる。
ライラさんのいうことに、昔は、いちいち頭にくる!とかおもっていたけど、
私も、白髪染めをするようになったら、人生違う方向からみえるようになったのか、
人の振り見て、わが振りなおせ

そのままだなーとおもうのだ。

私に子供が、一人いることは ライラはしっている。
娘もここで、ハイライトをいれてもらったことがあるからだ。
娘さんは、元気にしているのかという。
イギリスの寄宿学校にいきはじめた。
というと、なんですって、子供ひとりしかいないのに、そんなに遠くにいって、寂しくないの?
という。
いらんお世話だとおもうが、そうね、やはり、さみしいわよ。と
ライラさんが、喜ぶような答えをいう。
 
えー、どうして、もう一人つくっておかなかったのよ。
来たーーとおもった。
いつもこうだ。
そう言うことがどれほど、失礼なことなのか、わからないのだ。
ここ、アラブの世界、子だくさんがあたりまえ。
兄弟10人なんてことも、ざらなのだから、仕方がないといえば、仕方がないが。

その、えー、せめて、もう一人つくっておけばよかったのにー。

もう、毎回まるで、ビデオテープを再生しているかのように、おなじことをいう。

ほしくても、子どもができないひととか、体が弱くて、あきらめなければならないひととか、経済的に無理な人とか、作らないと決めて、子どもをあえて、つくらないひととか、人それぞれの理由があるではないかと、いつかは、いってやろうとおもっていたこともあったけど、まったく、エネルギーの無駄だとあきらめた。
 実は、私、体が弱くて、第2子はあきらめたんですとかいって、世界には、いろんな人がいるんだということを知らしめてやろうとおもったけど、ほんとに体が弱くて、子供がうめないという友人がいることをおもいだしたので、そういううそはいかんと、やめた。

子供を持つ理由とは、なんなのだろう。
子共は、親のつまらない生活に彩りをそえるためにつくるのだろうか。
だから、子どもが巣立っていったら、その彩がなくなり、灰色か、真っ暗な人生だと、ライラはおもっているようだ。


私は、自分のことをいたって、失礼極まりない人間だとおもっている。
Facebookに毎回描いた絵をポストする。facebookの友人は、いつもlikeマークをくれる。
さらに、やさしいひとは、コメントをいれるのに、時間を費やしたりしてくれる。
ありがたい。もう、あんたの絵なんか見たくないと思っても、わたしは、ほとんど毎日のようにポストするから、みせられるほうとしては、たまったものではない、、、、、、、と私は、実は、おもっているのだ。
だから、ライラも、私も、超失礼な度合いとしては、あまりかわりはないなという気がしないこともない。
ただ、私は、人間の体の神秘をあざ笑うようなことだけはしたくないと思っている。