Monday, October 17, 2016

October 2


Al Ain Municipality Theater ,
20 paintings are displayed  until 4th of  November.






George おじさん、なんだか、
マネージャーのようになってきている。
私の、名刺をみて、
アラビア語で書かれてないからと、だめだし。

これつくるのに、
いくら払ったときくので、
これこれといったら、
まったく、
そんな無駄なお金使ってと、おこられた。

この町に48年も住んでいる彼は、
あっちもこっちも、
顔がきく。

明日は、
アラビア語いりの、
名刺を作ることになった。

私は、ここに、16年もいるのに、
気づいてないことが多すぎる。











読めないので、
なめる。

Haruki Murakami

1Q84 is a novel by Haruki Murakami, first published in three volumes in Japan in 2009–10. The novel quickly became a sensation, with its first printing selling out the day it was released, and reaching sales of one million within a month.Wikipedia

Hi Mr Murad, thank you for letting me try this book, but I can't believe this thickness.
1,317pages.
I hope I can finish one day.

There is no his name, "Haruki" in the cover.

Only MURAKAMI.






昔の自分の絵を見ると、結構笑える。

こんなん描いてた。

これも、昔むかしの。





きょうは、

Municipality Theaterの廊下のあたりに、20点ほど、絵を飾っているので、

そこに10時から、12時半までいて、子供をあいてに、なんかすることになっている。

なんか面白い人に会えそうでわくわくする。


では、よい1日を。








29/10/2016

I suddenly invited 3 people for Sushi dinner last night.
Especially one of the guest, Ms G wanted to learn how to make Sushi for his daughter who loves Sushi
I showed all ingredients.

Carrot,
Cucumber,
egg role,
Smoke salmon,
lettuce
avocado,
Ham,
Tuna mayonnaise,
spring onion,
fish egg(bottle),
herrings (bottle)
roast egg plant

seaweed, nori
rice
say source
wasabi


I do every time same things again  and again, 
So I want to create new ingredients for Sushi.
but it is not easy.
because raw fish is not available in this town, which we can use for sushi.
So we have to use lots of vegetables.

But all the time guests are very happy to try hand made sushi by themselves.

Everybody ask me to make Sushi,
so I am trying my best to 
behave as a representative of Japanese,
but These days, I feel like I should start Sushi business seriously.

From now I am going to meet Mr M Who will help me about Circle of Love project.

I am sure he must have great ideas to let the project move forward.









]

I met a powerful lady who owns an real estate company in Dubai.


I am totally fascinated by her.
She works as a business consultant as well.
I painted a card to her.





George おじさん。おじさんといっても、わたしとあまり年はかわらない。



彼の娘さんの本が,Kinokuniya Dobai MALLと、となりの  Virgin mega storeで発売中。

父親の喜ぶ顔っていうのは、よいものね。


UAEに住む外国人から見たUAE.なかなかの本です。




これは、昨日のレッスンでのデモ。未完成です。どうやっておわろうかと、考えてるところ。






人との出会いっておもしろいもの。

上にのせたGeorgeおじさんと、ドバイモールで朝の10時にお茶を飲んでいる。

こんな展開になるなんて、2ヶ月前には想像もしなかった。

すごい大金持ちのおじさんで、私は愛人のようにみえなくもない。

彼は、ドバイは、大嫌いで、2年ほど、きたことはない。

ドライバーをやとっているといった、私の出費を減らすために、

大嫌いなドバイへのドライバーをかってでてくれた。あったかい、パンを朝ごはんに買っ

てきてくれて、クーラーボックスには、飲み物も用意してきた。

ありがたいので、ハグでもしてやりたいが、やめといた。

何でここで、二人がお茶を飲んでいるかというと、

シンガポール人で、不動産業を女一人でやっているという、Noorさんを会うため。

彼女は、George おじさんの知り合いだったので、紹介してもらうことになった。

子ども3人をかかえ、一人で、ドバイで生きる女性。

わたしにはできない。

そう思ったとき、絶対会わねばとおもった。

素敵なひとだった。

娘さんの一人がアートがすきといって、作品をみせてくれた。

なんだか、アートつながり。

最近、彼女は、日本人の女性に、アパート売った。

なんと、その人は、ドバイで、ギャラリーを始めるらしい。

また、アートつながりができた。

あわせてほしいとたのんだ。

残念ながら、アパートはまだ完成していないので

ドバイにはまだ来ていないとか。

いつかは、ぜひ会いたい。



今度の日曜に、10点ほどわたしの絵をコンサート会場の入り口に飾りたいとの依頼があっ

た。カザフスタン人の、彼女は、突然いろんなことを頼んでくる。頼まれると、あー彼女

はわたしが、できるかどうか試しているなとすぐわかる。あなたね、マナーがないよ、マ

ナーがと、彼女に言ったことがある。そしたら、あんたもやでといわれた。

腹が立つので、彼女がなにかわたしに頼んだときは、絶対間に合わせるときめている。

先日、朝の6時までに、メールを流すとわたしがいったのに、3分おくれた。




準備までに、3日しかない。それも、金曜は、ここは、週末で、フレームやさんも、

もちろん休み。

そのことを、Georgeおじさんにいうと、まかしとき、俺が行けば、絶対できるし、安くあ

げさせるという。


ということで、夜の8時に、この不倫関係のようなふたりは、

郵便局の暗い駐車場で待ち合わせ。

この近くに、あたらしいフレームやさんがあるかもと、彼がいうので、ついていった。

なんだか、暗い横丁にはいっていく。

わたしは、ちょっとためらった。

まるで、ラブホテルに、向かう不倫関係みたいな、映画のシーンではないの。

還暦むかえようとしているのに、かわいこぶってもしょうがないとはいえ、勇気がいる。

ちなみに、この国に、ラブホテルはない。

そこには、小さなエレベーターがあった。

おじさんは、店は2階やという。

エレベーターは、私たちといっしょにのった長身の30代くらいのおにいさんがいたがべつ

に気にもとめなった。

わたしが、そのGeorgeおじさんと、エレベーターをおりるとき、

その若い彼が、あんた、みどりやないの?

という。

は?あんたなんで、わたしのことしってるわけ?

なんと、10年前に、わたしたちは、いっしょにニュージーランド人のマリオンって人の家

で絵を一緒に描いていたことがあった。

あまりの偶然の再会に、お互いに、ギャーギャー喜び、何度もハイファイブ。

私のことを探していたという。絵を習いたいらしい。

彼はなんと、そのビルの上にすんでいて、家まで招かれてしまった。そのチュニジア人の

ムラッドさんは,英語の先生。ここでは、フランス語で、教える学校はないので、こどもの

ために家族は、

チュニジアにかえり、いまは、一人暮らし。

家のなかには、彼が描いた絵がたくさん飾ってあった。

そこで、わたしがMuradさんに、提案。

あなたに、私が、絵を教えるけど、

お金をわたしに払うかわりに、してほしいことがあると。

彼は、喜んで、なんでもいいよ、やるやるという。

チュニジア人の国民性を知らない。

国がどのへんにあるかもさだかではないので、今から、調べる。

あのエレベーターの前で、3秒ずれていれば、Muradさんには、会わなかった。

これが運命というものなのだろうとおもう。

これから、私は、彼との付き合いが長くなるような気がする。

明日へ、つづく。





27/10/2016

今日も、またドバイ!
ようは、George おじさんの、勘違いによって、
1週間まちがえていた。
わたしはドバイから、かえって来てアーやれやれと思って、2時間後、
明日、ドバイで、れいの人に会うで、という。

なに、いうてるの、おじさん、それ、来週やんか。


来週は俺は、マスカットにいく。
ホテル予約してしまってる。

わたし、絵を10点用意しないとだめで、
めちゃいそがしいし、
夕方、
レッスンはいっているから、
ドバイは、いかれへんよ

となんどいっても、
人の話はきいていない。

 Geroge おじさんが運転するということと、
朝ごはんもっていくで、というので
ジャー行くわってことになり、
あと、1時間で、出発。

なんか最近、自分の力の及ばないことが起こっている気がする。







 アルアイン-ドバイロード。




高層ビルがみえてきました。


Ras Al  Khor Wildlife Sanctuary in Dubai



今日の、戦いの前にフラミンゴと深呼吸。


フラミンゴなんて、30秒もみたらあきるらしい。
ひたすら、
すまほで、ゲームをする男の子。

お母さんも何もいわない。

何で、鳥って、頭を水の中に入れるのに、頭ぬれないかしってる?

とか、何で、足がピンクなんか知ってる?
 とか、子どもに考えさせるってことすればいいのにとおもう。

わたしは、もう、半世紀以上も生きているからいいとして、

これからを背負う、

子どもたちが

こんなに機械中毒になってよいのか。




ドバイモールには、

アイスリンクがある。

いまは、

Mid term  holiday

のせいか、

平日というのに、

優雅にスケートの練習をする男の子をみつけた。

完璧なスタイル。

完璧な顔立ち。

体のすみからすみまで、

エレガントムード。

人間ほんと、アンフェアに生まれるものがとおもわさえる。


 紀伊国屋さんに行くところ。
ここに、
もうすぐ、9回目?の
クリスマスツリーが
飾られる。

きのカフェからのながめ。

Dubai mall のextension は、
今年で、完成するらしい。
この工事のために塀で、
カフェから、
噴水はみえない。
この拡張工事の右手に世界で一番高いビル
Burji Khalifaがみえて、
噴水がみえて。

このカフェは、私のだいのおきにいりだった。
どれだけ、

食べものがたいしたことなくても、
どれだけ、スタッフが不幸せそうでも、
どれだけ、
サービスがとろくても、
ここがすきだった。

なんでかというと、
やはり、
ローケーションがいい。

それも、紀伊国屋さんのなか。

本は読まなくても、
あの本の中に
囲まれているだけで、

読んだような錯覚に陥るところがいい。



お邪魔しましたあるドバイのオフィスからのながめ。

どうころんでも、
わたしが、ここで
生きていけるとはおもわない。

田舎のねずみ、
都会のねずみっていう、
子どもの本をおもいだした。





 Good night Dubai.



帰宅後すぐにすることは、
礼状のはがき書き。

まだ、記憶が新鮮なうちに描く。


いちおう、
わたしの、名刺には、artist
って 描いてあるので、
それらしいはがきを。



きのうは、ほんとに、すてきな
3人の日本人の方々に会いました。

絵描きがビジネスマンには、なれないのは百も承知。
でも、おとうさんのように、
やさしく、あーだこーだと
教えていただいて、
ほんとに、
感謝。

この出会いを忘れないようにしたい。



26/10/2016

今から、ドバイ。
今日は、ドライバーさんがつかまったので、安心。
とはいえ、
あのアルアインードバイのハイウエイで無事にかえれるという保障は100%ない。

なので、出発前に、
ポストしておこうとおもう。

City Vet Al Ain の
ドクターの許可がおりたので、
facebookにも

この写真と、vetの名前をいれることができた。

最近、まったく英語にしてないので、すみません。

Recently I am not typing in English at all, I know I have to do but I am really busy to concentrate.
Sorry friends.

まるで、遺言のようなポストになるかもしれないけれど、

わたしは、いつも、そういうつもりで、ポストしているのかもしれないと思う。

2007年の夏。

小さな子供をのこして、

32歳の若さで、友人はかえらぬひととなった。

あんなに元気にビーチを子どもたちと

走りまわっていたのにと、思いだすと、

泣いても泣いても

足りなかった。

酸素の管で命をつないでいたけれど、

それは望まないだろうと、

ご主人は、そっと

その管をはずしたという。

わたしが、絵を描き始めたのはその後だった。

なにかしなければ、

明日なんて、

なんの保障もないではないか。

でも、何で絵だったのかわからない。

あれから、10年がたとうとしている。

いつかは、

ハンガリーの彼女のお墓にいきたいとおもっている。

最初に彼女に電話してからね。

もう、星になって、10年というのに、

まだ、私の電話には、彼女の

電話番号が残ったままになっている。





Add caption

 25/10/2016

人の名前

昨日、私は、洗車の契約をした、おにいさんのなまえをきいていなくて、なんてやつだと

われながらおもったので、これからは、めぐり合った人に、必ず名前をきくことにしよう

ときめた。

昨日は思うことあって、ドバイ。

まず、目的のカフェのオーナーに会うために、そのカフェのウエイターにオーナーはど

ことたずねてみた。だめもと。

900円もするわりには、まったくもってまずいお茶に文句もいわず、飲んだごほうびか、オ

ーナーは、アブダビだけど、マネージャーは、ちかくの日本食レストランもかけもちして

いてそこにいるよとあっさりマネージャーの電話番号までくれた。

そのウエイターの名前をきく。Jomarと、もうひとりは  Franklin。

胸に名札がないので、たずねなければならない。

彼は、不思議そうに、何で、名前をきくんだという。

彼らは、名前をきかれたことがないらしい。

マネージャーからは、二つ返事でオーケーをもらい午後に会えることになった。



マネージャーへの、手土産がいるな。この辺がすごい日本人。

Bateel の超豪華なデイツのもりあわせ。店で一番、小さい箱をえらんでも、とん

でもない値段。よく考えたら人にはやるけど、自分で食べる機会はない。

お金を払うとき、お姉さんの名前を聞く。Sheryl.

後ろにいた、二人のスタッフも、彼女自身もすごくびっくりして、このおばちゃん何者?

って顔で私を見る。ここでも、名前をきかれることはないらしい。

おばちゃんになると、羞恥心はなくなる。



自分の車はモールの駐車場に置いたまま、タクシーでいくことにした。

タクシーのドライバーに、ビルの名前を言うと、知らない。あーだこーだのうちに、

わからないから、降りてくれと、冷たいいいかた。

仕方なく、降りて、マネージャーに電話をかけるもでない。彼のいるレストランの電話は

話中。刻々と、アポの時間はくる。わたしのスマホには、ネットがないので、

自分で調べることはできない。そこで、タクシー乗り場の喫煙所で、休憩中のお兄さんに

ネット持ってる?っていうと、幸運なことに、もってるという。悪いけど、

このちかくなんやけど、このビル調べてくれる?

ほんとに近い。

で、彼のスクリーンに出ている地図を、私の、スマホのカメラで写真をとる。

彼にも、名前をきいた。Ahmed.彼の名刺には、Rolexで働いているとかいてある。

だから、すごい3つぞろいを着ていて、ちょっと、やくざっぽいかんじ。わたしに、息子が

いたら、こんなかんじかなとかおもいながら、なんども、ありがとうっていってタクシー

にのりこむ。

ドバイは日々かわるので、地図がおいつかない。

わたしのいくさきは、広い灰色のなかにただの赤い点。ストリートのなまえは、

もうしわけなさそうに書いてあるけど、わたしには、さっぱりわからん。

なんと、はしりはじめて、1分でおろされた。

こんなんやったら、歩けたのにー。

まったく無駄なお金。

で、降りても、レストランはない。

ホテルみたいなのがあって、バラクオバマさんのようなドアマンのお兄さんが、一緒にし

ばらく歩いておしえてくれた。すごくやさしかった。しかし、残念名前を聞くのを忘れた。 




 やっと、日本食レストランに到着。

マネージャーと、2時間も話こむ。

日本に行ったとき、英語がまったくしゃべれないひとたちが、いっしょにあるいてくれて、そこま

で、連れて行ってくれたあり、タクシーを止めて、運転手さんに説明してくれたりしたと、彼は、

日本にいったときのことを、踊らんばかりに、うれしそうにしゃべる。そういうい思い出のせいか、

かなり、日本人びいき。

わたしが、あまりにも、ビジネスのことを知らないので、途中から、講習が始まる始末。

彼はマネージャー暦20年。

私は、ただ絵を10年ほど、描いていただけなので、
 
レストランの運営方法なんぞがわかるわけはない。

でも、前向きで明るくて、体の温度の高いひとだった。

デイツのお土産を、わたしたら、そういうものをもってくるひとがいないらしく、

口では言い表せないほど、喜んだ。

デイツは、講習代ってところか。

あたらしいかにのメニューの味見までさせてもらったのは、幸運だった。





昼すぎに、そのモールのトイレで歯磨きをしていたら、トイレのクリーナーのおねえさんが、やっ

てきて、歯磨きは、許されてないという。そのMwanamkasi ワナマカスというお姉さんと、ま

た、話こんでしまった。歯磨きが許されてないトイレ。そんなばかなと思いつつも、

世の中、いろんなところがあるのねー。と、受け入れるしかしょうがない。


ここに16年もいるけど、自分にかかわったひとの、名前をきいたことがなかった。

きかれたほうは、いったい何のために名前をきくのかと、おどろく。

人の名前を覚えることが、ボケにいいってきいたからとかいうと、みんな苦笑いする。

みんなその職務をまっとうするあまり、人と人とのむすびつきがなさすぎないかとおもう。

大きなshopping mallとかにいくと、わんさか人がいる。

でも、私の知っている人はだれひとりとしていないし、

わたしを知っているひともだれひとりとしていない。

この虚無感はなんだろう。












24・10・2016

Burji Arab

つい、先日生徒のひとりが、Burji Khalifaを描きたいという。
世界一高いビル。
描いてみたけど、どうも、いまひとつ。
正直にそういうと、
Burji Arabにするという。
で、一緒に描いてみた。
てっぺんから突き出した
ポールの部分が解けかけている。

これは、暑さによるもの。
ということにしよう。

次回に期待。






毎日のおきまり、その1.自殺を考える彼女を説得。





この巨大アパートで、働くお兄さんたちを、ひっそり、バルコニーから、
スケッチし、


セロリの再生に手をあわせる。
うちの、神棚みたいなもの。


夕方にあるレッスンの準備。今日は、突然、今から、ドバイにいくので、
昔の絵を引っ張り出して、これを使うことにしよう。



花は描きたくないとかいわれたこまるので、景色を1枚用意。
これは、地獄の川のようになっているので、今から、手直し。間に合うか。




お決まりその2、また、自殺願望ネコへの説得。


白い花をもらっていたので、描いてみた。
ちょっと、日本画っぽい。
gouahceでボードに描いてみた。




満面の笑み

ここのアパートには、掃除をするお兄さんたちが雇われている。

仕事が終わって、遊ぶ時間があったら、働いてお金をもうけたいという彼らはおもってい

る。

仕事が上がってから、アパートの住人の車を、洗う。

これが彼のもうひとつの収入源となる。

昨日、1回いくらで洗ってくれるのかときくと、月に3,000円で、10回洗うという。

1回300円。手でみがくわけで、砂に覆われた車を手で洗えば、傷がつくといって、嫌がる

人がいるけれど、私の車は、もう14歳。いまさら、傷がつく、というしろものでもない。

後ろから、いままで3回も追突されて、かなり、ぼろぼろ。で、洗車をたのむことにし

た。

そのクリーナーさんって呼ばれる彼は、満面の笑みで、やりますという。

じゃー前金ではらっておきますというと、いや、1ヶ月仕事をしてからでいいという。

そんなことはできない、最初に払います。いや、いいですの押し問答になった。

彼らは、必死で家族に送金する。

調べたところによると、パキスタン人だけは、送金手数料がただらしい。手数料は、政府

が払っている。満面の笑みの彼は、たぶん、バングラデシュ人だと思う。だから、送金の

際の政府のサポートはない。1万円送るのに、450円の手数料が取られる。この、手数料を

なんとかしてあげられないものかとおもう。

大きな企業が力を出し合えば、助けてあげられるのにとおもう。

私にその力がないのがくやしい。

交渉中の彼の満面の笑みとベストを尽くしますと彼がいったとき、こみあげるものがあった。最近、年のせいか、涙もろい。


素敵だった瞬間だったなと夜になっておもいだした。

しかし、なんてことはない、私は、偽善者だと気づいた。

なんと、私は、彼の名前をきいていなかった。名前をきかないなんて、彼を一人の、人間

として、認めていないではないか。









23/10/2016

絵を毎日描いていると、それなりにうまくなる。

明暗を見極める目ができてくるし、ドローイングが狂っているのもわかってくる。

そこそこうまくなってくると、生徒ができてくる。この田舎町だけの話だけど。

生徒ができてくると、自動的にお金がはいってくる。

個人営業だから、搾取もなく、日々、たんたんと過ぎていく。
 
しかし、これでいいのかと、実はおもっていた。

技術を売る。

その技術をマスターするために、

時間とお金と、エネルギーを使ったのだから、お金をもらうのはあたりまえなわけだけ

ど、どうしても、何かたりないなと感じていた。

でも、なにがたりないのかずっとずっとわからなかった。

きょう、それがわかった。

一人の生徒のお嬢さんは、ふつうのおじょうさんとはちがう。

名家のお嬢で、お金の心配など死ぬまですることはない。

今日は、しみじみ彼女は告白した。

わたしね、いやなことがあるとね、絵を描くのとお嬢は言う。

ほかのひとは、おしゃべりして、時間を費やすけど、私ね、絵を描くの。

すごくリラックスできる。いやなことがあると、静かに、絵の中にたくすの。

1年前は、描きたいけど、描き方がわからなかった。

でも、あなたに教えてもらって、すこしできるようになって、すごくいい気分という。お

しゃべりに時間を費やしていたって、何も生み出さない。でも、絵を描くたびにそこに何

か残っていって、1枚1枚見るたびに自分があのころ、なぜ、悲しい思いをしていたとか、

何に憤りを覚えていたかを思い出すという。

このとき、あー生きてよかった。あー絵をやっていてよかったとおもった。

わたしは、あのお嬢さんの人生の1ページに参加している。

ちょっとだけど、だれかの役に立っていると気づいた。






21/10/2016

Kanta Harusaki artist

彼のブログを読むたびに変だと思っていた。
何でこんなに素敵な作品をつくりだしているのに、
いつも、自信のなさそうな文章がくっついているのだろうと。

夫婦で画家。

お互いに、切磋琢磨する姿勢は、
ほほえましい。

私が、まだ、絵の描きかたがわからなかったころ、

春崎氏のレッスンを受けたことがある。



彼は、ほんの5色くらししか絵の具をつかわない。

経済的な画家なのだ。

たったあれだけの絵の具の色で、

ああいうものを描くということへの感動もだけれど、わたしとしては、

あんなにたくさんの絵の具の色が売られているのに、

よく誘惑に負けないなということ。

どうして、もっと自信を持った文章を書かないのだろうと、何年も何年もおもっていた。

それが、今となってやっとわかった。

彼は、人と競争していないのだとおもう。

ほかの人がどんな作品を作ろうと、あまり、彼には関係ない。のだと思う。推測ですが。

ほかの人が、どう思おうと、

自分は、満足いってないんだということを、

素直に言ってしまうのは、

逆になかなかいえないこと。

だから、逆に人に好感をもたれる。

雲の上の人、見たいな絵を描くのに、

普通は、雲の下のものです。みたいなところがある。

ブログに自分の絵をほらほらみたいに載せる、恥知らずな私とは、格が違うのだ。


Kanta Harusaki and Yoko Harusaki's book.

It is fantastic book of watercolour paintings.













 20/10/2016


ガラスを食べる

ダイニングテーブルの窓側に、梅干のはいった大きなガラスボトルを置いていた。

朝日をあびて、ボトルはきらきらときれいだった。

先月、そのボトルのぎりぎりのところを通過するカーテンを開けているときに、
カーテンにひっかかって、ボトルは、タイルの床に落ちて、粉々になった。

梅干は、見事にガラスの破片におおわれてしまった。
なんでやねん?――――――(私、大阪18年住みましたので。)
梅干の側になれば、そんなかんじ。

気持ちよく寝てるところに、いきなり、水ぶっかけられたかんじ?

水だったらよかったけど、ガラス。

腰の曲がった母が、お手製の梅干を丁寧に丁寧に、わたしが日本を今年の夏に、出発するときにいれてくれたもの。

捨てるわけには行かず、1個1個ガラスをとりのぞいた。

破片というより、もう、ガラスは粉のようになっているところがあって、かなり、時間がかかった。ここには、梅干は売ってないので、捨てて、さー、また、新しいのを買いましょうというわけにはいかない。

梅干がガラスのつぶつぶに、まみれているのは、変にきれいだったけど。

きらきら輝いて、ほーガラスってこんなになって割れるんだーと、感心したり。

きれいにとりのぞき、大きな弁当箱にいれた。

朝は、永谷園のおちゃづけ。
あー、これじゃなきゃー。
パンにベーコンなんて、だめだめ。

きのう、お茶漬けと梅干の朝ごはんをしていたら、口のなかで、じゃりじゃりいう。
ガラスの破片にまみれていたことをすっかり忘れていたので、何で、じゃりじゃり感があるのかわからなかった
ガラスが残っていた。

私は、ガラスを食べていたのだ。よく、サーカスで、ガラス食べ男がでてくる。あんなもん食べて、よく死なないなと思うけど、人間の体は、よくできているらしい。ガラスを食べたくらいでは、死なないらしい。



人間は、そんなに弱くない。

きょうも、がんばろう。







                                                                         19/10/2016

I have Facebook account and another account is called Art Summer.
I put my student's paintings into it after lessons as a memory.
Whenever I post, the word."Boost" comes up.
It means if I pay $5, the post is supposed to be exposed to lots of people.
I never click the "Boost'' because I didn't want to pay any money.
But last night, I was quite happy mood, so I clicked "Boost"and pay $5. The money was withdrawn by my visa card automatically.
I didn't expect anything and completely I forgot what I did.

But I remembered  it this morning.
.The painting was seen by 2,896 people.
Amazing. Sharmma's first pomegranate with watercolour was seen almost 3,000 people.
Wow that is a lot!!!
Normally, every painting reached to around 200 people, and some are very low number unfortunately.
I've realized the power of $5.









18・10・2016

complete.
Paint we can't see,not paint we can see.
見えるものを描かない、見えないものを描く。
これが私は、大好きだ。
 process 1


 process 2


生まれてはじめて、白髪を隠すための髪染めをした。濃い茶色なので、白髪は見事に隠れた。

白髪がぼさぼさ出始めたころは、染めるなんてそんないんちきくさいことは、わたしは絶対しない!
ときめていたのに、
やはり、鏡の前にたつと、年とったいかにも貧乏そうなおばさんにしかみえない。
母は、いつも染めていた。80歳をすぎても、黒い髪なんておかしくないかい?とおもっていたけど、わかるような気がしてきた。

このフィリピン人のお姉さん方数人が働くヘアサロンは、私が、もう、10年以上もかよっているところ。理由は、ここがすごくいいわけではなくて、1度行き始めると、まるで、ひよこが生まれてはじめてみたものを母親と思い込むかのように、ヘアーサロンはここしかないと思っているところがあるだけのこと、、、といっては失礼か。

 いつもの、おねえさんは、休暇で、フィリピンに帰国中とかで、違うお姉さんがやってくれることになった。おねえさんが、やってくれているときに、そこの長老ライラがきた。

このおばさんは、超行儀が悪い。おばさんといっても、わたしもおばさんなわけで、もしかしたら、私のほうが、年上ってこともありうる。
ライラさんのいうことに、昔は、いちいち頭にくる!とかおもっていたけど、
私も、白髪染めをするようになったら、人生違う方向からみえるようになったのか、
人の振り見て、わが振りなおせ

そのままだなーとおもうのだ。

私に子供が、一人いることは ライラはしっている。
娘もここで、ハイライトをいれてもらったことがあるからだ。
娘さんは、元気にしているのかという。
イギリスの寄宿学校にいきはじめた。
というと、なんですって、子供ひとりしかいないのに、そんなに遠くにいって、寂しくないの?
という。
いらんお世話だとおもうが、そうね、やはり、さみしいわよ。と
ライラさんが、喜ぶような答えをいう。
 
えー、どうして、もう一人つくっておかなかったのよ。
来たーーとおもった。
いつもこうだ。
そう言うことがどれほど、失礼なことなのか、わからないのだ。
ここ、アラブの世界、子だくさんがあたりまえ。
兄弟10人なんてことも、ざらなのだから、仕方がないといえば、仕方がないが。

その、えー、せめて、もう一人つくっておけばよかったのにー。

もう、毎回まるで、ビデオテープを再生しているかのように、おなじことをいう。

ほしくても、子どもができないひととか、体が弱くて、あきらめなければならないひととか、経済的に無理な人とか、作らないと決めて、子どもをあえて、つくらないひととか、人それぞれの理由があるではないかと、いつかは、いってやろうとおもっていたこともあったけど、まったく、エネルギーの無駄だとあきらめた。
 実は、私、体が弱くて、第2子はあきらめたんですとかいって、世界には、いろんな人がいるんだということを知らしめてやろうとおもったけど、ほんとに体が弱くて、子供がうめないという友人がいることをおもいだしたので、そういううそはいかんと、やめた。

子供を持つ理由とは、なんなのだろう。
子共は、親のつまらない生活に彩りをそえるためにつくるのだろうか。
だから、子どもが巣立っていったら、その彩がなくなり、灰色か、真っ暗な人生だと、ライラはおもっているようだ。


私は、自分のことをいたって、失礼極まりない人間だとおもっている。
Facebookに毎回描いた絵をポストする。facebookの友人は、いつもlikeマークをくれる。
さらに、やさしいひとは、コメントをいれるのに、時間を費やしたりしてくれる。
ありがたい。もう、あんたの絵なんか見たくないと思っても、わたしは、ほとんど毎日のようにポストするから、みせられるほうとしては、たまったものではない、、、、、、、と私は、実は、おもっているのだ。
だから、ライラも、私も、超失礼な度合いとしては、あまりかわりはないなという気がしないこともない。
ただ、私は、人間の体の神秘をあざ笑うようなことだけはしたくないと思っている。


Tuesday, October 4, 2016

October



17・10・2016


9歳の子がアフリカの男の子を描きたいというので、きのういっしょに描いてみた。





どうして、神様は、人間を悲しいときに涙が出るような生き物につくったのだろうと思う事がある。

悲しいという言葉一言では、どのレベルの悲しさかはわからないので、
言葉なんてあてにはならない。
悲しさレベル10が一番うえとしたら、誰かが、悲しいといっても、
悲しさレベル1かもしれないではないか。

つらいと一言でいっても、つらさレベル10かもしれないし、つらさレベル1かもしれない。

だから、わたしは、楽しかったという言葉が大嫌い

<きょうは、運動会でした。楽しかったです。>

これは、典型的な、一例だけれど、どれくらい楽しかったかは、この言葉だけではわからない。

私は、言葉で何かを表現することは得意ではない。
自分の気持ちをうまく盛り込めない。

それで、絵をやっていてよかったと思うことがある。
自分の喜怒哀楽を
絵を使って、表現することができるのではないかと思っている。

それを、見たひとが勝手に自分の人生に重ね合わせてみるわけだから、
1枚の絵とはいえ、ひとによって、
とりかたがちがってくる。

それが、絵のいいところだとおもう。

だから、私は、何かをきれいに、描くことが大切だとおもっていない。

写真の様に描いてしまうと、
そこに何かを捕らえただけのような気がする。

私たちは、成長している。

日々すこしずつではあるが、
前に進んでいる。

その進んでいる、動いているという
感覚を絵にこめたいと思っているので、
私の絵は、ちゃんとした形をしていないことが多い。人によればいい加減にみえるかもしれない。

世界は、色にあふれ、
色は、風にとばされ、風は、また色を運んでわたしたちの
体にまとわりつく。

美しい過去をもつ人にも、
美しくない過去を持つ人にも、
平等にまとわりつくのだ。

悲しいから涙がでるのか、
涙が出るから、
悲しくなるのか、
わからなくなるときがあるのは、
わたしだけだろうか。











もう、この世に未練はない。
I have no lingering attachment for my life.
( I have no idea how to translate this sentence to English、if somebody knows please help to translate this)



こんな私を許してください。
Forgive me please.







実は、、、、、、。










未練があります。

ハニーの大好物の,のりをひらひらさせると、3階のバルコニーからの身投げはおもいとどまりました。やれやれ。



きょうは、Dubaiで4つの用事をすませなければならなかった。
HSBC Jumeira branch.
Al Safa park
のすぐ前。
のはずだった。
何年もこのあたりには、いってない。

今日は、4箇所をまわらなければならないので、運転手をやとった。

何年もまえのあの風景は様変わりもはなはだしく、
あちこち
橋のようなものができている。

Al Wasal Street は、
まるで、
別世界。
レストランとカフェが
延々と続くとストリートになっていて、まるで、私は、浦島太郎。
あのヤマハのカフェまでできていた。

いくら走ってもない。
道は新しいし、工事だらけ。
どこもかしこも、
ひっくりかえっていて、
まるで、爆弾がおちたあとのよう。

その支店はうつったばかりで、ネットに、地図はのってなかった。
電話をしてもでない。
とにかく、
あちこち走ってもらった。
この辺のはずといっても、工事のため、なかなかいきつけない。
ついに、タイムオーバー、3時になった。
銀行は3時でしまる。

ばかばかばか。

こんなこともあるさ。


あと、Amerrican Hospital 、
Emirate Tradingはすぐにみつかり、
4時の遅いランチも、運転手のアスラムさんと無事終えた。

今、ドバイは、世界で一番高いあのビルのよこあたりに、川をつくろうとしている。
ということは、川を計画しているところに、いまあるものをすべて取り除かなければならない。
だから、あちこち橋だらけで、非常に見苦しい。

何年後に川が完成するのかわからないが、
砂漠に生きる人が水にあこがれる気持ちがわからにないでもないが、
それにしても、いったいこれを完成させるために、
どれほどの費用がかかるのか想像もつかない。



 Al Ain vegetable souq

 One day, when I went to the souq  for sketching.
He was sitting down on a empty vegetable shop. The pose was perfect.He was holding his smartphone on his right hand. His muscle was very different from other workers.
Wow you have beautiful arms and nice shape. What kind of sport do you do?
He said he was one of boxing champion in Afghanistan, but he has to work vegetable shop so there is no chance to boxing in Al Ain. I feel sorry to him. but he doesn't look like sad. He looked like having a certain ambition for his future.


死臭 13・11・2016

彼も、あんなところで、自分の最後がくるとは知る由もなかったとおもう。
昨日、横を車でとおりすぎたときラウンドアバウトの横で、死んでいた。
ここでは、そういう動物の死骸をすみやかに取り除く部隊があるらしく、何日も放置されるということは、あまりない。それも、交通量のおおいところは特に。
ごめん、なにもできなくてといって、車でとおりすぎた。

今日、たまたま、また同じところを走ったら、彼はまだそこに横たわっていた。
2日目。
見てしまったと思った。

10月とはいえ、まだ昼間は、40度をこすなかで、2日目。ラウンドアバウトの近くなので、そこをとおりすぎ、近くのカフェの駐車場に車を止めて、車の中に、幸運にももっていた紙袋とプラスチックバックを手に取り、猫のところまで炎天下を歩いた。思ったより遠い。

車がおおいので、わたるのも注意をはらわないといけない。
猫の死骸が近くになるにつれて、どきどきした。
猫の横にひざまづく。紙袋を横に置き、彼の上体を持ち上げた。うじがわき、ハエが飛び交う。背中に受けた生々しい傷を見たとき、即死であったことを祈った。
プラスチックの袋をはめた手で、紙袋に彼をシフトする。
体の下は、真っ黒の血が乾き始めていた。

なんといっても、匂いがすごい。
尿や便のにおいは、しばらくすればなれるけど、死体のにおいだけは、慣れなかったと、看護婦をしていた友人がぽつりといったあの20年前のことがぽっとおもいだされた。

死臭を放ち、ハエが飛び交う死体を、車のトランクにおいた。
運転席に座ると、まるで、腐った生ごみの中に頭を突っ込んでいるかのような、すさまじい匂い。
そのまま、まっすぐ走ると砂漠がある。
家に帰って、園芸用のスコップを取る間もない。とにかく、車の中、死臭がすごい。窓をあけてもすごい。

砂漠の入り口には、
何本もの木がはえている。
4輪駆動で、砂漠をかけまわるおにいさんたちにひかれないように、
木の生え際に素手で穴をほる。
しばらくほると、ありの巣を直撃したらしく、巨大なありが、つぎからつぎへと、出てきて、右往左往。ついには、私の足にのぼりはじめた。こんなのに、さされたらたまったものではないと、そこはあきらめ、もう1本のほうの木の根元にあなをほる。

申し訳ないとはおもいながら、うじ虫で覆われた彼をもう1度見る勇気はなかったので、袋のまま、埋めた。
たぶん、ピクニックにきたひとが、拾って、そのままおいていったであろうヤギの頭蓋骨が落ちていたので、それを、
墓石代わりにして置いた。
ヤギに守ってもらってね。
と、手をあわせた。

車にもどった。
窓をあけていたけど、
彼の死臭は、まだ、かなり残っていた。

でも、なぜか、いやな気持ちはしなかった。死ぬとこんな匂いになるんだという感じ。動物だって、人間だって、死ぬとみんな同じ匂いを放つんだとしみじみ思った。じゃーこういう匂いを放つまえに、私ができることはなんだろうと思った。
死骸にでさえ、学べるようになった。
私は、着実に前に進んでいると思う。




12/1-/2016
Al Muwaiji, Al Ain

The date tree reminds me a fire work.There was no people when I was there, so I imagined people are walking around the tree. I used poster colour gold paint a bit.


This morning, my student's mum came up and taught me how to take high resolution image.
She left her camera after her lecture.She recommend me to learn how to use the camera.
I never borrowed somebody's camera. Especially this kind of expensive camera, so I am so scared to use it.
If we need high quality of result, we should use a high quality computer as well.
That  I can understand.
I want to buy this kind of camera anyway!!!

As a next stage, I have to study how to use cameras.



I made story " Golden Sand" yesterday. It took an hour to finish it.
The source came from my paining which I painted some camel and sand dune.
I used some poster colour gold paint on it.
An idea flashed into my mind.
I cried many times, when I was reading this story.
When I was proofreading, I cried again and again.
So I am thinking about making kids book  with it.
I need a Pakistani camel trainer as a model for illustration.
It would be very hard to get the model than illustration, because I can't'speak their language.
 I hope I can get somebody as an interpreter.



人の悪口など、いうものではない。
わかっている。
母親という手前、ロールモデルにならなければならないのに、
ちょくちょく忘れてしまう。
まだ娘が小さかったころ、よくスーパーに買い物にいった。
レジで、何度もいらいらさせられた。
バーコードでの読み取りのおわった商品をわたしは自分で、袋にいれる。
この日本では当たり前のことだけれど、
ここでは、袋詰係というのがいる。
そのため、
どれだけの人が列にならんんでいて、いらいらしてしても、
のんびりと袋に入れてもらうまで、ぼーっと、
見て待っている。
手伝えば早いのにという考えはない。
全部袋につめ終わったのをみてから、
おもむろにバッグのなかに手をつっこみ財布をさがしはじめる。
要領がわるすぎる。
この辺で、わたしは、
ついつい、日本語で文句をいってしまう。
気がつかないのよねー。何人が並んでいるのか見えないのよね、などと。
日本語がわかる人は、ここUAEではまずいない。
わずかな日本人がいるが。

今年の夏、日本に帰ったとき、大失態をやらかした。
コンビニのレジに
げげげのキタロウのような頭のおにいさんがいた。
あまりにひどいので、

この人の頭、ひどいよね。
と、娘のほうをみて
さらっといってしまった。

なんと、キタロウヘアーのおにいさんの目の前で。

言ったあともすぐには気がつかなかった。

うちの娘の顔が見る見る赤くなる。
で、小さな声でわたしにい言った。

おかあさん、ここ日本。。。

あちゃー。
やってしまった。

げらげら笑うわけにもいかず、誤るのもへんだし、ひたすら、わたしのレジが終わるのをまった。
コンビニの外で、おなかを抱えて
笑って待っていた娘が、
おかあさん、これは、
歴史にのこる大失態だね。











11/10/2016

昨日は、ネットのコネクションがなくなり、1日pcを触ることがなかった。
ネットなしでは、あれもできない、
これもできない、、、、、。
ネットがなかったころの生活が思い出せない。


今朝葉、自分のらくだの絵から子供の本用の物語をつくった。

泣ける。

校正のために読み返すたびに泣いた。

自分の書いたストーリーで泣くというのは、おかしくないか。
だって、
泣かせるところは、自分で熟知しているはず。
そこにくると泣くというのは、やはり、おかしくないか。
がんがん泣いていると、
電話局のお兄ちゃん登場。
ネットが使えないので、
来てくれと頼んでいた。

しかし、ドアをあけたとたん、泣いてぼろぼろの顔の
女性が立っていたわけで。

わけを説明するのも変なので、
笑ってごまかしたけど、私が想像するに、電話局のおにいさんは、
夫婦喧嘩でもめもめのややこしいうちなのね。とおもったにちがいない。


おにいさんのおかげで、さらっとすぐにネット復活。
家の電話番号はなんですかと彼がいう。

なんと、私たちは、家の電話をつかっていない。
それなのに電話局に毎月、
電話のレンタル料をはらっている。

家の電話から、家の電話はただ。
しかし、最近、誰かの家に電話するということがない。
ゼロに近い。
すべては、携帯から、携帯へ。

わたしが小学校4年生のときに、
電話がついた。
あれは、夢のようなできごとだった。

あれから、50年。
あのころ、
こんな日がくるなんてことを
だれが想像できただろうか。





いまひとつ、ひらめかないときは、倉庫にいく。
そこに、中途半端になげうたれた絵の数々。
どうやって終わろうと、悩んだときは、もうだめ。
ひらめくまで、待っていただく。
きょうは、この1枚。
半年かかって、完成。
モスクの後ろになにかある!
って想像して、ちょっと筆で遊んでみた。


うちのバルコニーから。
なんと、断しゃりで、ピクニック用の椅子をひとにあげてしまったことを、後悔。
ものを処分して後悔することは、ほとんどないのに。
こういうアパートに引っ越せるとはおもっていなかったので
残念。


ぞうのうえにぶどうを置いてかいている。
あまりにもtea potのスケッチで時間をとられて色を塗るエネルギーがなくなった。

これは、いつもいく歯医者さんの入り口のちかく。
なかなかいいアングルではないの?と
現場でスケッチ。
絵におこさなければとおもっているのだが、
もうすでに1ヶ月経過。
最近、することが多すぎないか。



La Brioche cafe in Al Ain

This piece was left for a week, behind my art table.
I was not sure how to finish it.
because I wanted to create something with those chairs. Finally I chopped some legs. 
I am quite happy with them.





うちの2階のバルコニーからの眺め。
1ミリのにもみたいないような、種から、こんなにりっぱな
バジルになった。ほぼ、1ヶ月経過。
もう、十分食べられる。
しかし、
食べられない。
毎朝、毎朝、水をやって育て、愛情いっぱい。
どうしても、食べられない。
これも、わたしのこどもみたいなものだから。

猫の、ハニーは、はっきりいってあまり賢くはない。
しかし、鉄の棒の向こうに、バルコニーが続いていないことは、わかるらしい。

昨夜は、ちょっとネットで、あれこれ検索しているときに、天を仰ぐおにいさんの写真をみてしまった。
みてしまったというのは、
あーまずい、もう寝ようとしているのに、
描かねばならんという感覚。

この再生紙の茶色の紙がとても好きで、
これに毎日1枚はと、決めた。
変に体が細いおにいさんに
仕上がり、
満足。



開かない扉はない!
むかしは、
なにかのコピーみたいなこんなフレーズを、みのがしていた。

先日、ズッキーニフリッターの
絵をある筋で、描かなければならなかった。
できあがって、送ってみた。
いいかんじですといわれたけど、
いまひとつ。
どうもいいアイデアが浮かばない。

偶然だけれど、鼻の調子が悪く、
ドバイのAmerican Hospitalに行く用事があった。
待ち時間には、
25分あった。

アルアインから1時間半のドライブもつかれたし、ちょっと朝ごはんとおもって、病院のなかにあるおしゃれなカフェにいった。

なんと、そこにずっきーにフリッターがガラスケースのなかにケーキとおなじように飾ってある。
グリーンピースがちょっと、飛び出ていて
体によさそう!と
自動的に感じた。

2枚セットで野菜と、ソースがついてきた。
白いお皿になかなかはえる。
これだ!!!
扉は開いた!!
とおもった。

写真をとって、家で描いてみた。

前より、いいものができあがった。

開かない扉はない!
第1段でした。







My Japanese friend bought this piece.
I painted it long time ago.
All my works are like my babies. I always turn to be sentimental whenever they go somewhere.


この絵を買ってくれたその彼女が去り際に言った。

私、たこ焼き屋さんで、働いていたことがあるんです。
きれいにくるっとひっくり返ると、もうどうしようもなく、
かわいくて、
売りたくなかったのを思い出しましたって。
だから、自分の描いた絵も自分の子供みたいだから、
売りたくないことないですか?

絵とたこやきがおなじところに並ぶ発想が、
彼女らしくて、
やさしいひとなんだとおもった。

この絵のまわりに、
たこ焼きがならんでいるのを
想像してしまった。






ついに、嫁に行ってしまったゴリラの3点セット。
日本で、ある人の部屋をかざることになった。
どういうふうになるのか見てみたい。
このゴリラを描くきっかけとなったのは、
Al Ain Zooにいた一人きりで生きていたゴリラがモデルになっている。
つまらないだろうからと、
ウサギをペットに与えられたりしたときいたけど、
パートナーを見つけるには、
年をとりすぎていたらしい。
いつもガラスの向こうで、
悲しそうな顔ですわっていた。

ニュージーランド人の友達と、
スケッチにいったとき、彼女は
ガラス越しでなにも聞こえないだろうに、
必死に話かけていたあの姿がいまでも、
目にやきついている。

彼女がいうのは、
わからないとおもうのは、
人間だけであって、
言葉をかければ、かれらだって、わかるはずという。

胸を打たれることばだった。

心残りは、
この絵をせめて、
あのゴリラにみせにいけばよかったとおもった。

わたしは、まだまだ修行がたりない。




ついに、10月。
あと、3ヶ月というのに、なかなかいろんなことがすすまない。
どれも、これも、中途半端にならないように、集中せねば。
最近、ことごとく思うことは、人はひとりでは、なにもできないんだということ。人との出会いがこれほど、大切と思わされたことはない。
おかしなことがつづく。
ひとりの絵の生徒さんは、ヨガの先生。
そこに、graphic designerのひとがいるという。
私は、最近ずっとgraphic designerを探していたのだ。

ある、リサーチの仕事をしなければならなくなった。
一人の生徒さんが、Risk consultantをしている人が、絵を習いたいといっているといってきた。
最近おかしい。こんな人がいたら、いいのになとおもうと、
すぐみつかる。
こんなことってある?

UAEの不動産のことをしらべなくてはいけなくなった。
ふと、考えると、知り合いのだんなさんは、不動産屋を経営していた。
明日あうことになった。

最近ずっと、クロッキーモデルを探していた。
なんと、facebookをみているとき、そのなかに自分の写真をのせているしりあいの女性がいた。
モデルの仕事、二つ返事でオーケーとなった。
なんだか、うまく行き過ぎて、最近ちょっとこわい。
気をつけないと、、、、。

あ、早々、アラビア語英語の通訳のできそうなひとも偶然だけど、うちのヨガモーニングにくることになった。次は、どんなひとがみつかるか楽しみ。


Wednesday, August 31, 2016

September


 gouache on a watercolour paper.


If he can be life model for me, it would be great though.
I just wanted to try to use gouache, but still my hand automatically leave white paper for the high light.I don't need to do it. Just paint white paint for the high light.
It is interesting!!!
My eyes automatically look for where is the high light and how I can leave the white paper.
I am fascinated gouache actually now.




I was painting a shrine with transparent watercolour but I changed my mind this morning after I went to a cafe. One of the staff I asked me paint his portrait. I took his some his photos and painted on the shrine drawing with gouache. I should have painted the organic green shirt though.


It is a sample for a kid art lesson for Sunday.
I've heard she likes painting, so I am sure she have painted on lots of white papers.
So I am going to let her use a black paper with gouache.
It would be lots of fun.
If she can understand tone value, it would be great.



Watercolour (gouache)
on a board.
If we think, we can do it. We can.

If we think we will not be able to do it. We will not.

There is no word impossible.

ということで、きょうは、ボードにguacheで、
ゴリラは泳げる?
ってテーマで描いてみた。

アクリルとちがって、
あー筆を洗い忘れたーとパニックになることはない。
なんといっても水彩なのだから。
水を少なめなので
厚手の紙がよいが
これがなかなかいいものが手にはいらないので、
頭にきたわたしは、ボードに描いてみたら、
なんと面白い結果がでた。
ずっと前に
緑のと青でなにやら描いていたものの上に重ねる。

日本にずいぶん前に描いていたアクリルの3作品をおくることにしようとしているので、
それらと別れる前に、
友だちのゴリラたちを作っておこうと計画している。

Down town, Al Ain


こどもの本のイラストを描いた。
でも、実は、迷いがある。
ほんとに、
好きなことがひとびとにうけいれられるなら、それにこしたことはないが、
自分のこのままの画風でよかったのか、それとも、
もっと、市場を調査するべきだったのだろうかと。
人の作品をみると、
手がとまってしまうような恐怖感があった。
わたしだけだろうか。






I have to celebrate today!!!

I pass all illustration to the story writer today. How many years it took to complete?
It was a dream to pass my illustration to her.Finally I did it.
This pic was early stage illustration. Unfortunately it was not great, so I created better piece.
Our kids book will be a market this coming November.

依頼があってから、3回目の夏が終わった。
登場人物を決めるのにかなりの時間がかかった。
だれの作品にも似てない、新しいものをつくりだすのは
容易なことではない。
兄の顔、
母親、父親の顔に体の形。
毎日、毎日そればかり、
考えて、
仕事を請け負った自分を責めたりした。
できない、
ぜんぜんできない。
しかし、
時間はこくこくとすぎた。
いい経験だった。

本になるのが待ちどうしい。




painting Japan.

I did a sketch at the spot,when I was in Japan.
But I was not sutisfied with it, I repainted today. 
Unfortunately, my camera quality is not great, so the colours turned to very shallow. My Samsung show much better colour. 
I have not enough knowledge about camera, but I found out the quality of camera is very important to show our work in these online.
I am thinking about which camera I should buy.






12/9/2016


A couple days ago, when I was parking my car near a bus stop in down town Al Ain,
he was waiting for a bus.
Luckily, a bus he was waiting for didn't come at all.
So I had enough time to sketch him.
The pen is sticking out from his pocket.
I didn't miss it.

最近,gouacheを知ってしまい、はまっている。
透明水彩をやめるつもりはないけれど、
ほかの種類の絵の具も試してみたくなった。
これが、なかなかおもしろい。
子供のころは、この不透明水彩で絵を描いていたはず。
透明水彩で描いた作品で、あきらかに失敗作があるが、
紙がもったいなくてすてられない。
で、再利用。
不透明水彩で、
構成の練習に
gouacheで透明水彩の上から描いてみる。
これがなかなおもしろい。
アクリルのようにみえるが、
何度も描き直していくなかで、
面白いものが発見できる。



Kushida Shrine, Hakata, Japan

I've never tried to paint Shinto priests.
I wanted but I had thought it was not allowed to paint.

When I got back to Japan this summer, I had a chance to see "Dai ka gura" which some priests dance for 6 hours without having brake. 
I wanted to see it until the end.
but my family was bored as soon as the Dai ka gura started. So we have to leave.

They dance only inside 2 tatami mats.
So their movements are restricted.
But what they creates from only 2 tatami mats are enormously dramatic.

I love what they wear and all sounds of instruments.
I miss Japan.

Unfortunately, photo quality is not great. The real painting is a bit better than this.
Sorry about it. 





I



3/9/2016
Saturday.

I finally got how to post into Instaram.
It is very hard for me to catch up what is going on in the world.
There are so many things which I can't operate.
I was trying to post Instaram. Because I was curious this morning. My favourite artist often posts her arts. So I was trying as well but I could'n't remember quite long time.
I have done it before but my brain did not work at all.
Finally I could have done, but caption was wrong. 
"Shadow of Sunday."
It is Saturday today. but I can't change it.
Never mind,
Not big difference for me.







I just tried to paint from a photo today.
Orange, Turquoise and purple. A bit of black.
 One paint a day has been done today.

今夜は、娘がイギリスに旅立つので、
お祝いは、ラムチョップ。
ボーデイングスクールでは、ラムの食事などでないだろうということで、
UAE最後の食事は、大好きなラム。

こういうとき、
旅立つこどもより、
親のほうのショックが大きいだろうとおもう。
子供は、これから
出会うひともおおいし、
学ぶことも山ほどあるのだから。



9月。

あれも、してない、これもしてない。
で、あと、4ヶ月までせまった。
1日なんてあっという間。

先日の夢を思い出した。
無差別殺人犯らしきものに遭遇していた。
重い足を引きずってどこかにいこうとしていたら、
突然。銃声。
足が思うように動かないので、遠くにはいけないので、
近場に会った、墓場の墓石に隠れるが、
どんどん銃声は近くなる。

最近、生きてるだけでもうけものと思えるようなことが多い。
あれは夢でよかったけれど、いつほんとになってもおかしくない。

毎日、あー生きててよかったとおもいながら、
床につく。

若いときは、生きていて当たり前だったけれど。

8月に日本にかえったとき、
旅行保険をかけた。
最悪の場合のもらえる保険金の額を円で計算していたけど、
よく考えたら、私が死んでしまうわけだから、
いくらであろうとあまり意味はないわけで。







動物病院の先生の写真をお借りしました。
うちの猫もみてもらっている。
動物と生きていくと決めた人。動物を助けることに人生をかける人。

最近、私にできることではなくて、私ができないことに目が向くようになった。
ネガテイブでいけないとはおもいつつ。

どうしても、気になることがある。
自分の記憶力。
日本での滞在の最後の日に、40年ぶりに同級生にあった。
感動の再開で、40年すぎたというのがどうもピンとこなかった。
彼は、まるで、昨日のことのようにいろんなことを覚えていて、わたしにはそれがかなりのショックとなった。私は、いったい何を考えていて、誰のことを大切におもっていて、なにをしようとおもって生きていたのだろうと思った。こんなあほな私のことを思い出してくれているひとが家族以外にいたと知ったとき、あー生きていてよかったとおもった。
人間そういうことで、生きていけるんだと思った瞬間だった。






ついに9月。
思うことあり、なかなか筆がすすまない。
昨夜、写真を参考に借りて、久しぶりに、ポートレートを描いてみる。

Blurbから、私の絵の本を出すつもりだったけれど、
写真の品質があまりにもひどすぎて、やりなおし。
自分で撮った写真なんかではまるでだめ。
今、プロのカメラマンを探している。
ロシア人のpcとカメラの達人を思い出し、連絡するも、もうアルアインには、かえってこないとの返事。
みんな来ては、去っていく。
私たちも、今16年。
いつかは、去っていかねばならない。

明日は、娘がイギリスに旅立つ日。
ここに、およんで、
ボタン付けの仕方などを教えているが、役にたつのかどうか。
誘惑に負けずに、まじめに学業に専念することを祈る。
イギリスに送り出すことがほんとに正しい判断だったのかどうかは、今のところ誰にもわからない。いきたいといった彼女の意思を尊重するかたちとなった。16年短かったような、長かったような。もう、2度と一緒に住むことはないと思うと、なんともいえない気持ち。あーすればよかった、こうすればよかったとのおもいばかり。